外来農業害虫の侵入定着過程におよぼす農産物輸入量、潜伏期間、侵入飽和の影響

要約

日本国内に侵入した外来害虫とその侵入年情報をまとめたインベントリーを作成し、農産物輸入量、侵入後の潜伏期間、および侵入飽和の影響を害虫タイプ別に評価することにより、潜伏期間については貯穀害虫以外の害虫タイプが、侵入飽和についてはすべての害虫タイプで影響があることがわかる。

  • キーワード:外来農業害虫、農産物輸入量、潜伏期間、侵入飽和
  • 担当:農業環境変動研究センター・環境情報基盤研究領域・統計モデル解析ユニット
  • 代表連絡先: niaes_manual@ml.affrc.go.jp
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

農産物輸入品は外来害虫の主要な侵入経路であるため、侵入可能性に対する農産物輸入量の相対的重要性を評価することができれば、日本の植物検疫施策に貢献しうる。しかし、一般的に害虫が侵入してから発見されるまでには、潜伏期間を要する。また、侵入しうる外来農業害虫の種数には上限があるため、いずれは侵入種数の増加率が減速して「侵入飽和」の状態になる可能性がある。そのため、輸入量の影響は、潜伏期間、侵入飽和を考慮した上で評価する必要がある。
そこで本研究では、これらすべての影響を組み込んだ統計モデルを構築して侵入定着データに当てはめて、農産物輸入量、潜伏期間、侵入飽和の相対的な影響力を評価する。

成果の内容・特徴

  • 日本国内(沖縄・小笠原などの島嶼地域を除く)には、これまで合計491種が侵入しており、235種は文献情報などで侵入発見年が推定されている(図1a)。そのうちコウチュウ目の侵入数が最も多く、カメムシ目、ハチ目、チョウ目、ハエ目と続く(図1左列)。
  • さらに、5つの農業害虫タイプに分類すると、露地作物害虫が最も多く、続いて貯穀害虫・施設害虫、森林害虫、木材害虫の順番である(図-1右列)。
  • (1)5つの農産物品目(花卉・果物・野菜類・穀物・木材)の輸入量年次変動、(2)発見前の潜伏期間、(3)侵入後の飽和の影響、をさまざまな組み合わせで組み込んだ多数の統計モデルを構築し、5つの害虫タイプ(露地作物・貯穀・施設、森林、木材)それぞれにすべてのモデルを当てはめた後、モデル選択によりベストモデルを決定し、影響の強さを推定した。ベストモデルは、一定侵入確率を仮定した場合よりも全ての害虫タイプにおいて、累積侵入種発見数をよく予測している(図2)。
  • 潜伏期間については貯穀害虫以外の害虫タイプが、侵入飽和についてはすべての害虫タイプが影響を受けていることがわかる(表1)。特に貯穀害虫では、戦後の緊急物資の流入にともなって多くの汎世界的貯穀害虫が急速に侵入して頭打ちになったため、飽和の影響が特に顕著で、累積侵入件数が上に凸の形をしている(図2b)。一方、潜伏期間の影響が強い露地害虫(4.4年と推定)・森林害虫(1.9年と推定)では、期間前半の1950年から1980年ごろまで累積発見数が実際よりも低く見積もられて、下に凸の形をしている(図2a,d)。品目別輸入量の影響については、全ての害虫タイプの侵入がなんらかの輸入量の増加を反映しているが、害虫タイプと品目の明瞭な対応は見られない(表1)。

成果の活用面・留意点

  • 本成果から、「侵入飽和」が普遍的に存在し、昔から輸入量・輸入相手が安定している品目については、侵入リスクが減っていくと推定できる。逆に、これまで全く取引のなかった地域から農産物輸入を開始されると、新たな害虫の急激な侵入が生じうることが予測される。例えば、侵入飽和の影響が強い貯穀害虫などは新しい侵入は今後急激に増えないと予想されるが、やや弱い露地作物害虫・施設害虫などは、まだ引き続き警戒が必要である。
  • 潜伏期間には2-20年の幅があることから、外来農業害虫が今後に遅れて発見される可能性が示されている。重要な未発見外来農業害虫については、すでに侵入している可能性も想定して対策をとる必要があるだろう。特に潜伏期間が長めに推定されている露地作物害虫を対象にした侵入調査では、調査精度向上を検討する必要がある。

具体的データ

図1.5年ごとの外来昆虫侵入発見数の変動,図2.各農業害虫タイプ別累積侵入種発見数(白丸)、ベストモデルによる予測(赤線)、一定侵入確率を仮定した場合の予測(点線).各害虫タイプのベストモデルで選択された要因,表1. 各害虫タイプのベストモデルで選択された要因

その他

  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2017~2019年度
  • 研究担当者:山中武彦、森本信生、山村光司、桐谷圭治(伊東市)
  • 発表論文等:
    • Morimoto N. et al. (2019) Appl. Entomol. Zool. 54:437-450(doi:10.1007/s13355-019-00640-2)
    • Liebhold, AM. et al. (2018) Scientific Reports 8:12095
    • Seebens H. et al. (2018) PNAS 115:E2264-E2273