世界の穀物生産における気候変動への適応費用

要約

気候変動が世界の穀物生産に及ぼす影響とその適応に要する費用を試算すると、対工業化以前+2°Cでは、気候変動がない場合と比較して世界全体の生産額は年間800億ドル減少し、このうち610億ドル分は同額の費用の適応策により被害軽減が可能と推計される。

  • キーワード:主要穀物、影響評価、適応計画、適応費用
  • 担当:農業環境変動研究センター・気候変動対応研究領域・影響予測ユニット
  • 代表連絡先:
  • 分類:普及成果情報

背景・ねらい

気候変動(ここでは、世界の平均気温が上昇する「地球温暖化」とそれに伴う降水量などの変化を意味する)による生産被害を食い止め、今後も継続的に収量を増加させるためには、気候変動への適応技術の開発・普及が重要である。これまで、肥料や薬剤といった生産資材や労働力の追加投入などにより穀物生産への気候変動の悪影響を軽減できることは知られていたが、将来見込まれる生産被害のうち、生産資材の追加投入などにより対応できる部分と対応しきれない部分が、それぞれどの程度あるのかについては十分な情報がなかった。そこで、生産費用と穀物収量の関係を踏まえて、気候変動による穀物生産への悪影響を軽減(気候変動に適応)するために、生産者が収益を確保できる範囲内で対策した場合にかかる生産費用の追加分を適応費用と定義し、世界全体で推定する。

成果の内容・特徴

  • 予測される将来の気候条件で推定した収量と、工業化以前の気候条件で推定した収量(いずれも同じ技術水準を想定)を比較して収量影響を推定する。収量影響に2000年頃の世界の収穫面積分布と国別の生産者価格(2005-2009年の平均値)を乗じて被害額に換算すると、トウモロコシとコメ、コムギ、ダイズを合計した生産被害は+1.5°Cの温暖化では630億ドル、+2°Cでは800億ドル、+3°Cでは1,280億ドルと推定される(図1・棒の上の数値)。
  • 農業分野に対する政府の研究開発支出から想定される技術水準と生産費用、収量についての過去のデータから、生産費用と収量の関係を明らかにする(図2)。この関係を用い、生産費用が生産者価格より少ない(すなわち、収益がある)範囲内で最大限の対策をした場合の収量と、そのために追加で要した生産費用(適応費用)を推定する。この時、追加の生産費と収量増により軽減できる被害が同額になる。推定した対策後の収量が工業化以前の気候条件で推定した収量よりも低い場合は両者の差から残余被害を計算する。
  • この結果、適応費用により軽減できる生産被害の割合は+1.5°Cの気温上昇では生産被害の84%(530億ドル)、+2°Cでは76%(610億ドル)、+3°Cでは61%(780億ドル)と推定される(図1・棒中の緑色の数値)。一方で、生産被害に占める残余被害の割合は+1.5°Cでは16%(100億ドル)、+2°Cでは24%(190億ドル)、+3°Cでは39%(500億ドル)と見積もられる(図1・棒中のオレンジ色の数値)。この結果は、気候変動による将来の生産被害のうち、適応費用の割合が、気候変動が進行するにしたがって小さくなり、残余被害が増大することを示す。
  • 本成果から、対工業化以前比+1.5°Cに温暖化を抑えることができれば、生産資材の追加投入など比較的容易な適応策により、穀物生産に対する気候変動の悪影響の大部分を軽減することが可能であるが、+3°Cのように、気候変動が著しく進行すると、開発に時間を要する高温耐性品種の広範な導入、栽培する作物の変更、灌漑設備の導入および栽培地の移動など、より大きな変化を伴う適応策が必要になると示唆される。

普及のための参考情報

  • 普及対象:気候変動枠組み条約に関連する国際交渉を担当する我が国の行政部局
  • 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等:日本政府

具体的データ

図1 気候変動による1.5°C、2°C、3°Cの平均気温上昇が世界の穀物生産に引き起こす生産被害額、およびそのうち対策により軽減できる被害(適応費用)と対処しきれずに生じる被害(残余被害)の内訳。,図2 適応費用の計算の概念図。

その他

  • 予算区分:競争的資金(環境研究総合、科研費)
  • 研究期間:2017~2020年度
  • 研究担当者:
    飯泉仁之直、金元植、西森基貴、沈志宏、古家淳(国際農研)、古橋元(農林水産政策研)、小泉達治(農林水産政策研)
  • 発表論文等:Iizumi T. et al. (2020) Clim. Res. 80:203-218