転写調節因子の遺伝子変異が豚丹毒菌生ワクチン株の弱毒化に関与している

要約

現在、国内で使用される豚丹毒菌生ワクチンKoganei 65-0.15株は、転写調整因子に遺伝子変異がある。Koganei 65-0.15株のこの変異遺伝子を、変異のない遺伝子に置換すると病原性を獲得し、この転写調節因子の変異が弱毒化機構に関与している。

  • キーワード:豚丹毒、生ワクチン、アクリフラビン色素、弱毒化機構、転写調節因子
  • 担当:動物衛生研究部門・細菌・寄生虫研究領域・細胞内寄生菌ユニット
  • 代表連絡先:電話 029-838-7895
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

豚丹毒の予防には、豚丹毒菌弱毒生ワクチンKoganei 65-0.15株(Koganei株)が広く使用されているが、Koganei株が原因と疑われる慢性型豚丹毒の発症例が多数報告されている。我々は、生ワクチン使用農場で発生した慢性型豚丹毒において、罹患豚から分離された豚丹毒菌の65.2%(101/155株)が、Koganei株であることを明らかにしている。生ワクチン株による慢性型の発生要因については、Koganei株が依然、慢性型豚丹毒を発症させる病原性を有するためであると考えられるが、その他に、Koganei株が豚体内で遺伝子変異を起こし病原性が復帰する可能性も否定できない。Koganei株は、フレームシフト変異を起こす変異原性物質であるアクリフラビン色素を添加した培地で長期間継代することで弱毒化したワクチン株である。そこで、本研究では、Koganei株のゲノム配列と強毒株である豚丹毒菌Fujisawa株の全ゲノム配列との比較解析を行うことにより、フレームシフト変異した遺伝子を探索し、さらに、その変異が病原性に関与しているかを解析することで、その弱毒化機構を明らかにすることを目的とする。

成果の内容・特徴

  • 強毒株である豚丹毒菌Fujisawa株との比較ゲノム解析によりKoganei株の塩基変異部位は、80個のタンパク質コード領域内に98か所存在している。これらの変異のうち7遺伝子において塩基の挿入/欠失によるフレームシフト変異が確認され、そのうち、ERH_0661及びERH_0745の2つの遺伝子は転写調節因子をコードしている。
  • Koganei株のERH_0661遺伝子内で確認された変異は、593-7位のアデニンの連続配列(poly A)が1塩基欠失したことによるものであり、それによりフレームシフト変異が起こりアミノ酸の翻訳が途中で停止している(図)。
  • ERH_0661遺伝子が病原性に関わる可能性を解析するため、Fujisawa株とKoganei株間で相互に置換した組換え株を作製し、マウスに対する病原性を解析する。
  • Koganei株の変異ERH_0661遺伝子に置換したFujisawa株(Fujisawa/del0661株)は、親株であるFujisawa株においてマウス半数致死量の100倍に相当する103 cfuをマウスに接種しても、マウスは発症せず、生存する(表)。
  • また、Fujisawa株の変異のないERH_0661遺伝子に置換したKoganei株(Koganei/intact0661株)は、108 cfuをマウスの皮下に接種すると、親株の接種時には観察されない沈鬱や立毛等の臨床症状を示し、マウスに対する病原性を獲得する(表)。

成果の活用面・留意点

  • 生ワクチンKoganei65-0.15株の確認されたERH_0661遺伝子の変異は、アデニンの連続配列(poly A)での1塩基欠失であるが、DNA修復機構を有する豚丹毒菌では修復される可能性がある。ワクチン接種後、動物体内で本遺伝子の変異が修復され、そのことで病原性の復帰が起こるのかを解析する必要がある。

具体的データ

図 Koganei株のERH_0661遺伝子で確認されたフレームシフト変異,表 マウス病原性試験

その他

  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2015~2019年度
  • 研究担当者:小川洋介、槻尾麻奈絵、白岩和真、西川明芳、江口正浩、下地善弘
  • 発表論文等:Shimoji Y. et al. (2019) Vet. Microbiol. 239:108488