生きたカイコの絹糸腺を利用する新規シルク素材化法の開発

要約

新規に開発した「生きたカイコより直接取り出した絹糸腺を用いたシルク素材化法」により得られた素材は、従来の絹繭由来再生シルク素材に比べ、安全性、丈夫さ、水への不溶性の面でより優れる。

  • キーワード:シルク新素材、国内養蚕、医療用素材
  • 担当:生物機能利用研究部門・新産業開拓研究領域・新素材開発ユニット
  • 代表連絡先:電話 029-838-6213
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

医療応用材料の分野におけるシルクへの期待が高まる中、絹繭を精練・溶解させ得られる再生シルクタンパクを用いた素材化が競われている。しかし、繭の精練・溶解過程におけるエンドトキシンの混入やタンパクの分解(分子量低下)が避けられず、再生シルク由来の素材では、安全性や丈夫さの面で天然絹糸から期待される性質に大きく劣る。本研究は、カイコの絹糸腺に含まれるシルクタンパクを直接素材化に応用するための技術を開発することで、上述の問題を排除し、本来のシルクらしさを活かした安全で丈夫な素材の創成を目指すものである。本研究で得られる素材のシルクらしさを物性面、構造面、安全性等、多角的に評価することで、従来の再生シルクを用いた素材化に対する、絹糸腺シルクを用いた素材化の優位性を明確にし、結果として、生きたカイコをそのまま使うという必要性が国内養蚕カイコの需要拡大をもたらすことをねらう。

成果の内容・特徴

  • カイコから絹糸腺を取り出し、40%以上のエタノールに浸漬することで、シルクタンパクはゲル状に凝固する(図1)。このアルコール処理は、殺菌処理を兼ねるとともに、凝固したシルクタンパクは、その周りに存在するセリシンや表皮細胞から容易に分離できる(図1)。
  • エタノール処理により固形化したシルクタンパクは、フッ素置換アルコール(ヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP))に、分子量低下を起こすことなく容易に溶解する。
  • 絹糸腺シルクのHFIP溶液から得られるシルク素材(例えばフィルム)は、従来の再生シルク由来素材に認められる脆弱性かつ水溶性は示さず、柔軟かつ丈夫であり、また、水に不溶である(図2)。
  • 絹糸腺シルクより得られた素材は、天然絹糸と同じく、安定なβ-シート結晶構造をとっており(図3)、本手法は、従来の再生シルク素材では必須であった不溶化および結晶化処理を必要としない画期的な素材化法である(特許出願済み未公開)。
  • さらに、絹糸腺シルクより作製した素材では、溶解に用いた有機溶媒(HFIP)の残存量が、再生シルク素材のそれに比べ顕著に少ない(図4)。これは、絹糸腺シルクのアルコール処理で形成されるタンパク構造が、その後のHFIPへの溶解時に、HFIPと相互作用を起こしにくい構造をとるためである。

成果の活用面・留意点

  • 絹糸腺シルクを用いた新しいシルクの素材化法を開発し、従来の再生シルク由来素材に比べ、安全性、しなやかさ、丈夫さを兼ね備えた、よりシルクらしさを備えた素材の作製を可能とした。本素材化法はとくに医療応用材料の素材化法として期待される。
  • 従来の再生シルクをベースとする素材化では、繭が起点であり、より安価な輸入品の利用が好まれたのに対し、本研究で開発した絹糸腺ベースの素材化では、生きたカイコを入手することが必須となり、結果として、輸入に頼らない国内養蚕カイコの入手が必須となる。したがって、国内養蚕の需要拡大に繋がると期待される。

具体的データ

図1 絹糸腺をアルコールにより凝固させ、表皮ならびにセリシンタンパクと分離する工程?図2 絹糸腺シルクフィルム(a)および再生シルクフィルム(b)を水面に浮かべ(写真左)時間経過による溶解性を観察?図3 絹糸腺シルクフィルムと再生シルクフィルム(1:HFIPキャスト、2:水溶液キャスト)の広角X線回折(WAXD)プロファイルの比較?図4 絹糸腺シルクフィルムと再生シルクフィルムの透過型赤外分光(FTIR)スペクトルの比較

その他

  • 予算区分:競争的資金(農食事業)
  • 研究期間:2014~2016年度
  • 研究担当者:亀田恒徳、秦珠子、小島桂、寺本英敏、吉岡太陽
  • 発表論文等:吉岡ら「不溶化処理フリー絹フィブロイン素材」特願2016-33681(2016年2月24日)