除去可能な植物ウイルスベクターの開発

要約

植物のゲノム編集のためのゲノム編集酵素遺伝子の発現法として、ウイルスベクターの利用は優れた方法であるが、ウイルスの残存が問題となり得る。そこで利用後に除去できる植物ウイルスベクターを開発する。

  • キーワード:ウイルスベクター、一過的発現、ゲノム編集、ウイルスフリー化、miRNA
  • 担当:生物機能利用研究部門・植物・微生物機能利用研究領域・植物微生物機能ユニット
  • 代表連絡先:電話029-838-7007
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

植物における外来遺伝子の発現には様々な方法があるが、植物ウイルスベクターは簡便で高発現が見込めるほか、植物ゲノムへの外来DNAの挿入を経ずに遺伝子発現が可能であるという利点がある。植物のゲノム編集を行うためには、多くの場合ゲノム編集酵素を発現する遺伝子をゲノムに挿入した組換え体を一旦作製する必要があるため、代替技術の開発競争が行われている。ウイルスベクターの利用は有望な代替技術の一つであるが、ゲノム編集完了後にウイルスベクターを除去する必要がある。本研究では除去可能な植物ウイルスベクターを開発し、ゲノム編集植物の作出におけるウイルスベクターの有効性を示す。

成果の内容・特徴

  • 条件特異的に発現する植物の内在性マイクロRNA(miRNA)に相補的な配列をあらかじめウイルスベクターに組み込むことにより、miRNAの発現誘導条件においてmiRNAがウイルスベクターに結合してウイルスベクターが切断される。ここで利用するmiRNAの要件として、ウイルス接種時には、ウイルス増殖を阻害しないよう非誘導時の発現レベルが十分に低いこと、植物に過度なダメージを与えずに発現が誘導されることなどが挙げられる。タバコのmiR398は、葉ではほとんど発現せず、カルスにおいて発現が誘導されることから(図1)、要件を満たすmiRNAとして有望である。
  • 図2に示すように、タバコmiR398の標的配列を挿入したトマトモザイクウイルス(ToMV)ベクター(TLYT Perfect-1)を接種したタバコの葉より再分化したシュートにおいて、ウイルスRNAの蓄積が検出限界以下となる個体が見られる。一方、ネガティブコントロールとして無関係な配列を挿入したToMVベクター(TLYT Spacer-1)を用いた場合には全ての再分化シュートでウイルスRNAが検出される。したがって、miR398標的配列を含むToMVベクターは、感染組織より脱分化したカルスから個体を再分化する際に発現するmiR398の働きにより、除去され得る。
  • 開発したToMVベクターは植物のゲノム編集に利用できる。一例として、メガヌクレアーゼ(I-SceI)認識配列がルシフェラーゼ遺伝子中に挿入された遺伝子配列をもつ形質転換タバコに、I-SceIを発現するToMVベクターを接種後、再分化させたシュートのルシフェラーゼ活性およびウイルスRNAの蓄積を図3に示す。この方法により、ウイルスフリー化されたゲノム編集個体が得られる。

成果の活用面・留意点

  • miR398は多くの植物に保存されているため、本研究で開発したウイルスベクターはタバコ以外の植物でも同様に使用可能と考えられる。
  • 本研究で用いたToMVベクターは外被タンパク質を発現しないものであるために、除去が比較的容易であったと考えられる。外被タンパク質を発現してウイルス粒子を作るウイルスベクターを用いる際には、条件をよく検討する必要がある。
  • 本手法は、ゲノム編集だけでなく、mRNAを標的として内在性遺伝子の発現を抑制するためのウイルスベクターの除去等にも利用可能と期待できる。

具体的データ

図1 タバコカルスにおけるmiR398の発現誘導;図2 タバコ再分化シュートにおけるウイルスベクターの除去;図3 除去可能なウイルスベクターを利用したタバコのゲノム編集

その他

  • 予算区分:その他外部資金(SIP)
  • 研究期間:2014~2017年度
  • 研究担当者:石橋和大、中条哲也、吉川学、有賀裕剛、遠藤真咲、土岐精一
  • 発表論文等:
  • 1)Chujo et al. (2017) Plant J. 91(3):558-561
    2)石橋ら「miR398標的核酸配列を含む、遺伝子導入のためのウイルスベクター」特願2016-163824(2016年8月24日)