ネムリユスリカ細胞を用いた酵素の常温乾燥保存法の開発

要約

乾燥耐性機能を持つネムリユスリカから樹立された細胞の中で、人為的に発現させた酵素(ルシフェラーゼ)を常温乾燥状態のもとで長期間保存する事に成功した。本研究の技術を応用することで、冷蔵・冷凍による保存が必要とされている酵素や抗体等を、常温のまま乾燥させて長期間保存することが可能になる。

  • キーワード:培養細胞、乾燥耐性、常温乾燥保存、トレハロース、酵素
  • 担当:生物機能利用研究部門・新産業開拓研究領域・生体物質機能利用技術開発ユニット
  • 代表連絡先:電話029-838-6170
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

酵素は生体内の化学反応において触媒の役割を担う。多くの酵素は、室温を超える熱的環境や脱水などの影響を受けて壊れ(変性という)活性を失う。このため変性を抑制するためには、低温環境にて保存することが一般的に行われている。
干からびた状態でも水和によって乾燥前と同じように生息できるネムリユスリカから作製された培養細胞は、その幼虫の形質と同様に、乾燥に対して強い耐性を示すことが解っている。この現象は、細胞の蘇生に関わる生体物質は一旦カラカラに乾いた状態に晒されても生理活性が保護されていることを示唆している。しかしこの細胞の中で人為的に導入した酵素の活性を乾燥条件下で維持できるかどうかを明らかにする。

成果の内容・特徴

  • ルシフェラーゼを恒常的に発現するPv11細胞(以下Pv11-Lucと記述)を作製し、細胞内において発現させた酵素を常温乾燥状態のもとで保存が可能か調査を行う。ルシフェラーゼは酵素活性の検出が容易であり、試験管内で乾燥すると急速に失活するため、酵素の常温乾燥保存実験において良い指標であることを先に確認する(図1)。
  • Pv11-Lucを常温で1週間乾燥保存した後、再水和直後にルシフェラーゼの活性を測定し、明確な活性を観察することができる(図2)。
  • 再水和時に翻訳阻害剤を添加してもルシフェラーゼの活性が確認できることから、観察された酵素活性は、再水和以後に発現されたタンパク質に起因するものではなく、乾燥処理前に発現していたルシフェラーゼに起因すると判断できる(図3)。
  • Pv11-Luc細胞を372日間、常温乾燥状態で放置した後でも、再水和時にはルシフェラーゼ活性を観察することができる。
  • ネムリユスリカ細胞内で発現させた組換え産物の生理活性は、乾燥状態に晒されても維持される。

成果の活用面・留意点

  • ネムリユスリカの乾燥耐性機能とトレハロースを用いた乾燥前処理を組み合わせることで、外来遺伝子産物となる組換え酵素を常温で乾燥保存することが可能である。
  • 酵素のみならず診断薬用タンパク質や抗体等、冷蔵・冷凍保存が望まれる生体試料の常温乾燥保存へ適用が期待される。
  • 災害時や電力供給が乏しい山岳地帯でも、安定して医薬品の貯蔵と運搬を可能にする技術に繋がる。

具体的データ

図 1 ルシフェラーゼは、トレハロース存在下であってもin vitroで乾燥すると失活する;図 2 Pv11細胞で発現させると乾燥させてもルシフェラーゼの活性は維持される;図 3 翻訳阻害剤存在下で再水和してもPv11細胞内のルシフェラーゼ活性は変化しない

その他

  • 予算区分:交付金、競争的資金(科研費)
  • 研究期間:2015~2017年度
  • 研究担当者:菊田真吾・渡辺俊介・佐藤令一(東京農工大)、Oleg Gusev(理研・カザン大)、Alexdander Nesmelov(カザン大)、十亀陽一郎・Richard Cornette・黄川田隆洋
  • 発表論文等:Kikuta S. et al. (2017) Sci. Rep. 7(1):6540