チョウ目の匂い物質結合タンパク質遺伝子クラスターの種間比較
要約
アワノメイガやコナガの匂い物質結合タンパク質遺伝子クラスターの構造を解明し、チョウ目昆虫のゲノムデータと比較することにより、ある特定の種で重複・欠失していること遺伝子を同定でき、種特異的な機能を担う遺伝子候補を絞り込める。
- キーワード:アワノメイガ、コナガ、匂い物質結合タンパク質、嗅覚受容、遺伝子重複
- 担当:生物機能利用研究部門・遺伝子利用基盤研究領域・先進昆虫ゲノム改変ユニット
- 代表連絡先:電話029-838-7007
- 分類:研究成果情報
背景・ねらい
匂い物質結合タンパク質(OBP)は、昆虫の触角で匂い物質に結合して嗅覚受容体(OR)まで輸送すると考えられているが(図1)、チョウ目で30~50個ほどある遺伝子の個々の機能は明らかではない。害虫が食草探索のマーカーとする匂い物質に結合するOBPを同定できれば、撹乱資材の開発など効率的な害虫防除につながる可能性がある。チョウ目の場合、OBP遺伝子はゲノム上の5カ所でクラスターを形成しているが、このうちGOBP/PBP遺伝子クラスターは2種類のGOBP(General odorant binding protein)と複数のPBP(Pheromone binding protein)遺伝子からなり、性フェロモン受容との関連性も指摘されるなど、古くから機能解析が行われている。そこで本研究では、このクラスターをモデルとして、種間における遺伝子構成の違いから、種特異的な機能を担う遺伝子を絞り込む手法を開発する。
成果の内容・特徴
- 食草と性フェロモン成分の異なるアワノメイガ属3種について、BAC(バクテリア人工染色体)クローン等を用いて決定したGOBP/PBP遺伝子クラスターの構造を図1に示す。7個のGOBP/PBP遺伝子からなり、このうちヨーロッパアワノメイガには、隣接する遺伝子が融合したものと、別々に存在しているものがある(図2)。
- 決定したアワノメイガ属GOBP/PBP遺伝子配列を元に、チョウ目のゲノムデータベースLepBaseを検索して他種の類似遺伝子を見出し、作製した分子系統樹を図3に示す。アワノメイガ属を含むツトガ科には近縁のメイガ科にも無い特異的な遺伝子群が存在し、アワノメイガ属においては更に遺伝子重複をしている(図3、4)。
- コナガにおいては、エクソン以外の配列が大きく異なる2種類のGOBP1遺伝子があり、両遺伝子を含むBACクローンを異なる蛍光色素で標識して染色体に付着させたところ、第19染色体上の2カ所からシグナルが検出され、遺伝子が重複して染色体内で転座したものと考えられる。
- 他種を含めたGOBP/PBP遺伝子構成を図4に示す。周辺の他遺伝子と比べてGOBP/PBP遺伝子の重複、欠失、逆位、転座が頻繁に起きている。例えば、性フェロモンよりは視覚によりメスを探索すると考えられているチョウの多くで、性フェロモン受容に関連性が指摘されるPBP-A遺伝子が欠失または転座している。
成果の活用面・留意点
- 近縁の科や属間でもGOBP/PBP遺伝子の構成が実際に異なることが見いだされ、無数にある匂い物質と多数の遺伝子の組み合わせとなるため機能の特定が難しい嗅覚関連遺伝子において、近縁種間の遺伝子構成のわずかな違いに着目することにより、食草選択等の農業上重要な機能を担う遺伝子の特定につながることが期待される。
- 特定領域のゲノム配列を高精度に決定したり、染色体上の遺伝子の位置を蛍光標識により可視化したりするなど、ゲノム情報が十分に整理されていない種においてBACは有用である。
具体的データ

その他
- 予算区分:交付金、競争的資金(科研費)
- 研究期間:2011~2017年度
- 研究担当者:安河内祐二、楊斌(中国農業科学院)、藤本章晃(岩手大農)、佐原健(岩手大農)、松尾隆嗣(東京大農)、石川幸男(東京大農)
- 発表論文等:Yasukochi Y. et al. (2018) PLoS ONE 13(2):e0192762
doi:10.1371/journal.pone.0192762