細菌による生殖操作に対抗する宿主昆虫の抵抗性進化

要約

オスを殺す細菌が高頻度で感染しており、オスが極端に少ない状態にあったクサカゲロウは、5年間で遺伝的抵抗性を迅速に進化させることによって野外集団のオスの数が復活する。本成果は、性を操る細菌と宿主の間で生じる進化的軍拡競争の直接的証拠である。

  • キーワード:遺伝的抵抗性、オス殺し、クサカゲロウ、進化的軍拡競争、性比
  • 担当:生物機能利用研究部門・昆虫制御研究領域・昆虫微生物機能ユニット
  • 代表連絡先:電話029-838-8361
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

昆虫では、母系伝播し、受精後将来オスになる卵を殺すオス殺し共生細菌として、様々なものが知られている。このような共生細菌が宿主集団内に蔓延した場合、集団性比は極端にメスに偏り、交尾機会が奪われることによって集団の絶滅が危惧される。その状況で、もし宿主昆虫にオス殺しを回避するような遺伝変異が出現したら、それは集団内に急速に広まると予想される。
そこで本研究では、このような進化的軍拡競争の可能性を検証するため、共生細菌スピロプラズマによって性比が著しくメスに偏ったカオマダラクサカゲロウの性比や感染に関する集団動態を追跡調査することにより、性比を歪める共生細菌が昆虫集団に与えうるダイナミックな影響を検証する。

成果の内容・特徴

  • 野外集団の性比は、野外で採集した一定数のメス成虫が産む次世代の性比を調査することによって推定できる。それによると、千葉県松戸市のカオマダラクサカゲロウ集団は、2011年時点ではオスの宿主を殺す細菌スピロプラズマの高頻度感染が原因で、集団性比が極端にメスに偏っている(図1A)。
  • 2016年の同集団では、スピロプラズマ感染は高頻度で維持されているが、オス殺しが生じず、正常な雌雄構成になっている(図1B)。つまり、5年間でスピロプラズマがオス殺しを起こさなくなったといえる。
  • オス殺しが起きなくなった原因がスピロプラズマ側の遺伝的変化ではなく、宿主側の遺伝的背景の変化である可能性を検証するため、研究室で飼育維持した2011年の集団由来の系統と2016年の集団由来の系統を用いた交配実験を行うことにより、5年の間にクサカゲロウがオス殺しに対する遺伝的抵抗性を獲得したことがわかる。つまり、クサカゲロウにおいて、スピロプラズマ抵抗性が急速に発達したためにオスが復活して、性比がほぼ1:1になったと考えられる(図2)。
  • 本研究は、細菌による生殖操作に対抗する宿主昆虫の抵抗性の進化を観測した数少ない実証例である(世界で二例目)。

成果の活用面・留意点

  • 性操作細菌と昆虫との間のダイナミックなせめぎ合いが、従来考えられていたよりも普遍的な現象であることが判明したことにより、内部共生による生物システムの革新・性決定システムの進化について新たな視点を提供する。
  • 性を操作する細菌は昆虫では一般的に観察されることから、害虫防除や有用昆虫の育種に際しても、集団に与える共生細菌の影響を十分に考慮する必要がある。

具体的データ

図1 野外メスが持つ性比形質(どのような性比の子どもを産むか)の分布とスピロプラズマ感染の有無,図2 交配実験とその結果の概要

その他

  • 予算区分:交付金、競争的資金(科研費)
  • 研究期間:2011~2018年度
  • 研究担当者:陰山大輔、林正幸(琉球大)、野村昌史(千葉大)
  • 発表論文等:
    • Hayashi H. et. al. (2016) PLoS ONE 11:e0155794
    • Hayashi H. et. al. (2018) Proc. R. Soc. B 285:20180369