カイコ生殖細胞に発現する遺伝子nanosOは正常な繁殖能力の保持に不可欠である

要約

nanosOノックアウトカイコは、正常に生育するが、卵形成が異常であるため正常な繁殖能力を持たない。同カイコでは、通常観察される発生段階で始原生殖細胞(PGC)が確認できていないが生殖細胞形成は起こることから、生殖細胞が再生する可能性も考えられる。

  • キーワード:生殖細胞(系列)形成、カイコ(チョウ目昆虫)、nanosO遺伝子、ゲノム編集、遺伝子ノックアウト
  • 担当:生物機能利用研究部門・遺伝子利用基盤研究領域・先進昆虫ゲノム改変ユニット
  • 代表連絡先:電話029-838-8361
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

農薬に対する抵抗性の発達、あるいは気候温暖化による外来生物の侵入等の問題に対処するため革新的な害虫制御技術の開発が求められている。生殖操作は、害虫制御の有効な手段となりうる。一方、それに資するゲノム編集やその応用技術の開発は急速に進展中である。
そのような生殖制御技術はその標的となる遺伝子を必要とする。nanos(nos)遺伝子は、動物の生殖細胞形成に必須の役割を果たすことが知られているが、チョウ目昆虫では4種類の相同遺伝子が存在している。その中の一つnosO遺伝子はそのmRNAが卵表層上の生殖系列(始原生殖細胞)が出現する位置に局在することから、生殖細胞(系列)形成との関わりが強く示唆されている。本研究では、nosO遺伝子ノックアウトカイコを作成し、その機能解明を行うことで生殖制御の標的となりうるかを調べる。

成果の内容・特徴

  • nosO欠損ホモ型カイコ(zyg-)は正常に生育するが、卵形成に異常が見られる(図1I、L)。異常の程度には個体差があり、産下卵中20~80%の範囲で起こる。異常な卵は孵化に至らない。それとは別に、形成される卵細胞の数に影響が出る場合もあり、極端な場合では卵細胞が全く見られない。
  • ノックアウトカイコ(mat-zyg-)のメスが産む卵(mat-)では表層のnosO mRNAの局在は観察されないが、その卵に野生型精子を受精させて得られる個体(mat-zyg+)は正常に生殖細胞を形成する(図1D、F)。このことは、生殖細胞形成に関して、卵表層に局在するnosO mRNAの必要性は絶対的なものでは無いことが示唆される。
  • nosO欠損ホモ型オスとnosO欠損ヘテロ型(zyg+)メスをかけ合わせてできる卵(mat+)の表層にはnosO mRNAが存在するが、その卵の遺伝子型は理論上1:1の割合で欠損ホモ型とヘテロ型が混在している(mat+zyg+またはmat+zyg-)。しかしその全ての卵についてPGC形成が観察される(図1G、H)。ノックアウトカイコ(mat-zyg-)ではPGC形成が見られないこと(図1K)とあわせて考えると、卵表層のnosO mRNAがPGC形成に関わることを示唆する。その一方で2.で述べたヘテロ個体では卵表層にnosO mRNAは局在しないが、PGC形成は観察される(図1E)。このことはPGC形成に関して、局在する母性(mat)nosO mRNAの役割を、受精後に発現する(zyg)局在性のないnosO mRNAが補っていることを示している。
  • nosOノックアウトカイコではPGC形成が見られない(図1K)が、生殖細胞形成は起こる(図1L)。このことは、カイコの生殖細胞形成過程が通常見られるPGC形成を経ないでも起こることを示唆しており、今のところ生殖細胞が再生する可能性も考えられる([成果の活用面・留意点]3.参照)。

成果の活用面・留意点

  • nosOの機能は上のの結果から遺伝的バックグラウンドの影響を受けると考えられる。nosOを破壊しても完全な不妊とはならないため、単独で標的としての利用は限られるが、遺伝的バックグラウンドを揃える、あるいは他の遺伝子と組み合わせることで完全な不妊昆虫の作出等に寄与できる可能性がある。nosO遺伝子の機能に影響を与える遺伝子の第一の候補は他のnos相同遺伝子であるためそれら機能の解明が今後取り組むべき課題である。
  • カイコで見られるnos遺伝子の発現パターンはチョウ目昆虫で保存されていると思われることから機能的な相同性も示唆される。そのためここで得られた結果は広くチョウ目昆虫に利用可能と思われる。
  • 本研究において、PGCの検出は生殖系列に特異的なマーカー遺伝子BmVLGを指標として行った。上に述べたPGC形成の有無については、他の独立した指標によって確かめる必要がある。

具体的データ

図1 ノックアウトおよび野生型系統の様々な掛け合わせにより得られた受精卵の形態と遺伝子発現(注)*野生型(wild)と欠損ヘテロ型(野生型と欠損型nanosO遺伝子を1コピーずつ持つ)は、同じzyg+で表記している

その他

  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2016~2018年度
  • 研究担当者:中尾肇、高須陽子
  • 発表論文等:Nakao H. and Takasu Y. (2019) Dev. Biol. 445:29-36