イネに広範な病害抵抗性を付与する仕組み

要約

BSR1高発現イネは、いもち病や白葉枯病等の4種の重要病害に抵抗性を示す。このイネでは糸状菌由来のキチン、細菌由来のペプチドグリカンやリポ多糖により誘導されるイネの防御応答が亢進していた。本研究成果は複合病害抵抗性イネを開発するための重要な知見となる。

  • キーワード:イネ、病害抵抗性、BSR1、キチン、ペプチドグリカン
  • 担当:生物機能利用研究部門・植物・微生物機能利用研究領域・植物機能制御ユニット
  • 代表連絡先:電話 029-838-8361
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

我々はこれまでにイネのBSR1遺伝子がいもち病等4種の病害に対する抵抗性において重要であること、糸状菌由来物質であるキチンにより誘導されるイネの防御シグナルがBSR1を介して伝達されること、BSR1タンパク質がチロシンリン酸化を受けることが抵抗性に重要であることを報告している(2016、2017、2018年度研究成果情報)。しかしながら、BSR1高発現イネがどのようなしくみで病害抵抗性を発揮するかは、謎である。本研究では、高発現イネの活性酸素定量等を通して、その一端を明らかにする。

成果の内容・特徴

  • イネ培養細胞を細菌由来成分であるペプチドグリカンやリポ多糖で処理すると過酸化水素(H2O2)等の活性酸素種(ROS)の生成が急激に引き起こされる。この現象をROSバーストというが、BSR1ノックアウト(KO)イネでは、原品種に比べROSバーストが抑制される(図1)。
  • BSR1高発現(OX)イネを、同様に糸状菌由来成分であるキチンや細菌由来成分であるペプチドグリカンで処理すると、コントロールに比べROSバーストが亢進する(図2)。
  • イネ葉片を生きたいもち菌(分生子)で処理すると、OXイネでのみROSバーストが起こり、コントロールイネではROSバーストが起こらない(図3)。これは、生きたいもち菌はROS分解活性を有しているため、産生されたROSを分解したためと考えられる。
  • 通常のイネは糸状菌や細菌由来成分をOsCERK1受容体複合体で認識しROSバーストを引き起こすことが知られている。上記の結果より、BSR1は本来細菌由来成分により誘導されるイネの防御シグナル伝達にも関与すること、BSR1高発現イネでは防御シグナル伝達自体を増強し、病原体感染下でもROSバーストを起こすことにより、抵抗性を増大していることが示唆される(図4)。

成果の活用面・留意点

  • 今回、BSR1高発現イネが何故広範な病原体に対して抵抗性を発揮するかの一端が明らかになる。BSR1高発現作物を実用化する際には、BSR1による抵抗性機構の解明が必須であり、本研究成果は実用化に向けた重要な知見となる。
  • しかしながら、OsCERK1受容体複合体とBSR1、BSR1とROSバーストをつなぐ間の因子は未知であり、今後解明する必要がある。解明できれば、遺伝子組換えによらずにBSR1の働きを強める方策が見いだされる可能性もある。
  • ゲノム情報の解析より、コムギ等他の単子葉植物でも、BSR1と同様の機能を持つタンパク質の存在が推測される。今回のBSR1による抵抗性機構の解明は、単子葉植物において広範囲の病害に対する抵抗性品種育成の基盤になると期待できる。

具体的データ

図1 BSR1のノックアウトにより細菌由来成分処理によるH2O2産生レベルが抑制,図2 BSR1の高発現により糸状菌及び細菌由来成分処理によるH2O2産生レベルが増強,図3 BSR1の高発現によりイネ葉片でも生きたいもち菌処理によるH2O2産生レベルが増強,図4 イネ本来のBSR1の役割と、BSR1高発現イネにおける抵抗性増強のモデル

その他

  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2017~2019年度
  • 研究担当者:森昌樹、神田恭和、西澤洋子、鎌倉高志(東京理科大)
  • 発表論文等:
    Kanda Y. et al. (2019) International Journal of Molecular Sciences 20:5523
    doi:10.3390/ijms20225523