エリサン(Samia cynthia ricini)シルクの微量構造成分制御による新素材

要約

加工条件によってβシート、もしくは、αヘリックスの二次構造形態に制御できるエリサンのシルクに対して、βシートに微量αヘリックスが共存させることで"伸び"を向上させた素材、およびαヘリックスに微量βシートを共存させることで"耐水性"を向上させた素材を創り出す。

  • キーワード:シルク新素材、昆虫機能利用、未知・未利用シルク、新産業創出、バイオエコノミー
  • 担当:生物機能利用研究部門・新産業開拓研究領域・新素材開発ユニット
  • 代表連絡先:電話 029-838-6102
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

エリサンは、耐病性に優れ、カイコよりも飼育が容易とされている。室内飼育法がほぼ確立され、すでに商業利用されている。ところが、エリサンのシルクは、一般に、カイコのシルクよりも市場価格が低く、生産者の所得向上につながりにくいのが現状である。よって、付加価値の高いエリサンのシルクの活用法を開発することは、国内のシルク産業に貢献するだけでなく、養蚕での貧困救済を目指そうとする途上国に対しての科学技術外交としても活用することができ、SDGs No.1に資する。

成果の内容・特徴

  • エリサン繭のシルクは、βシートを主体としているが、そこに微量のαヘリックスが高い秩序構造(六方晶パッキング構造)を維持したまま存在していることが広角X線回折測定から分かる(図1)。
  • この微量αヘリックスは、絹糸腺中で形成していたαヘリックスの残存と考えられる。このαヘリックスは、微量ながらも、エリサン繭糸の物性に大きな影響を与えている(図2)。すなわち、微量αヘリックスを熱処理によって完全転移させると、応力―歪み曲線の降伏点後に現れる平坦領域が消滅し、伸度が低下する。つまり、応力―歪み曲線の平坦領域は、微量αヘリックスのβシートへの転移に反映されている(図2)。
  • 絹糸腺中でαヘリックスを形成しているエリサンシルクを液状のまま取り出し、平板上に流延乾燥して得たキャストフィルムはαヘリックスを維持している。このフィルムは水に可溶である(図3a)。ところが、一度βシートを経験させてからフッ素化有機溶媒であるHFIPによる溶解でαヘリックスに戻して作製したキャストフィルムでは、αヘリックス主体であるにもかかわらず、水に不溶である(図3b)。HFIP溶液が透明に達しても、なお、微量のβシート(βシートの記憶)が残存し、それが水への溶解性に影響して、不溶性を引き出したと解釈できる。

成果の活用面・留意点

  • エリサンのシルクを繊維として利用する場合の"伸びやすさ"に関係する個々の繊維の破断伸度が制御可能になる。
  • 水に溶けにくいエリサンのシルクフィルムが提供できる。αヘリックスから成るフィルムであるため、βシートから成るフィルムと比較して、水に浸漬した直後の柔軟性が高く、癒着防止フィルム等の利用が見込める。

具体的データ

図1 広角X線回折プロファイル,図2 天然エリサン絹糸(赤線),図3 キャストフィルムの水可溶試験

その他

  • 予算区分:交付金、競争的資金(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS))
  • 研究期間:2015~2019年度
  • 研究担当者:吉岡太陽、亀田恒徳
  • 発表論文等:
    • Moseti, K.O. et al. (2019) Molecules 24:3471
    • Moseti, K.O. et al. (2019) Molecules 24:3945