生ワクチン用微生物の生死を操る技術

要約

自然環境や生体には存在しない非天然アミノ酸を栄養として与えないと生きられない微生物の作出法である。この方法は、人畜に病原性をもつサルモネラ菌および大腸菌に適用可能である。微生物の生存能力の制御により、効率も安全性も高い生ワクチンの作出が期待される。

  • キーワード:生物学的封じ込め、生ワクチン、ウシ乳房炎、家畜サルモネラ症、合成生物学
  • 担当:生物機能利用研究部門・新産業開発研究領域・生体物質機能利用技術開発ユニット
  • 代表連絡先:電話 029-838-6102
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

生存力の強い病原菌を生ワクチンとして用いると、強い免疫を誘導できる可能性が高いが、発病の危険性が高い。また、他個体への感染や環境への定着によって拡散する危険がある。そこで、一般に病原性を弱めた菌を生ワクチンに用いるが、発病する危険は少ないかわりに、免疫誘導性は低い、という生ワクチンのジレンマが知られている。
このジレンマを解決する方法として、生存能力を任意にコントロールできる高効率・高安全性の細菌生ワクチン株の作出技術を構想した。このワクチン株は、自然界には存在しない非天然アミノ酸を栄養として与えないと生きられない。このアミノ酸を与えた時には、このワクチン株は高い体内生存力をもつ病原体としてふるまうので、強く免疫を誘導すると期待される。しかし、供給を遮断すると、数時間で死滅してしまうため、接種した個体は発病しない。また、他の個体に感染せず、環境中に拡散することもない。本研究は、この構想を実現するための、高い信頼性をもつ非天然アミノ酸要求性微生物の作出法である。

成果の内容・特徴

  • 毒素-抗毒素遺伝子(kid-kisなど)、および非天然アミノ酸(ヨウ化チロシン、Z-リジンなど)をタンパク質に組み込むための遺伝子からなる遺伝回路を導入した大腸菌の実験室株(B株)を作出した。抗毒素遺伝子は、非天然アミノ酸がないと作られないため、この菌株は、非天然アミノ酸を栄養として与えないと死滅する。
  • 非天然アミノ酸によるタンパク質産生制御の仕組みの改良、複数の毒素-抗毒素の使用などの対策により、エスケーパー(非天然アミノ酸がなくても生き延びる変異体)の発生を、NIH基準より1オーダー以上優れた10億分裂に1個以下にまで抑制できる。
  • 非天然アミノ酸がないと死滅するように遺伝的にプログラムするための回路は、全てプラスミド上に構築したので、容易に他の菌株にも導入できる。ウシ乳房炎を引き起こす病原大腸菌および下痢症の原因となるサルモネラ属菌にも適用できる。

成果の活用面・留意点

  • 生ワクチンのジレンマを解決できる、新しい高効率・高安全性生ワクチンの作出が、期待される。
  • さらに、非天然アミノ酸は自然界や生体には存在しないので、環境への拡散や、他個体への再感染を防止できる。
  • 生ワクチンへの応用に限らず、生態系への影響が懸念される微生物が自然環境中に拡散するのを防ぐ方法として、広く応用が可能である。たとえば、汚染物質を分解する微生物を利用した生物浄化、有害生物に対する病原微生物をもちいた生物農薬、治療効果のある物質を分泌する微生物を用いた微生物医薬などへの適用が、有望である。

具体的データ

図1. ウシ乳房炎を引き起こす大腸菌から作出した非天然アミノ酸Z-リジン栄養要求性株,図2. 非天然アミノ酸で標的タンパク質の翻訳を制御する仕組み

その他

  • 予算区分:交付金、競争的資金(科研費)
  • 研究期間:2016~2019年度
  • 研究担当者:加藤祐輔、江口正浩、林智人、菊佳男、長澤裕哉
  • 発表論文等:
    • 加藤、皆葉「タンパク質の発現を制御する方法」特許第6117563号(2017年4月19日)
    • 加藤(2017)アグリバイオ、1(3):32-37
    • Kato Y.(2018)ACS Synthetic Biology 7(8):1956-1963
    • Kato Y.(2019)International Journal of Molecular Sciences 20(4):887