常温乾燥保存可能な昆虫細胞で強力に働く遺伝子のスイッチ

要約

常温乾燥保存可能な昆虫細胞Pv11で働く強力なプロモーターである。「121」と命名したこのプロモーターは、様々な昆虫培養細胞でも機能する。121プロモーターを用いることで、"合成"と"保存"を両立する効率的な有用タンパク質生産系の構築に貢献すると期待される。

  • キーワード:ネムリユスリカ、Pv11細胞、遺伝子発現、常温乾燥保存、タンパク質合成
  • 担当:生物機能利用研究部門・新産業開発研究領域・生体物質機能利用技術開発ユニット
  • 代表連絡先:電話 029-838-6102
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

昆虫細胞は室温で増殖可能な上、培養のために炭酸ガスが不要なため、哺乳動物細胞と比べて比較的簡便かつ安価なタンパク質合成系として知られている。実際、Sf9細胞やHigh Five細胞などいくつかの昆虫細胞は物質生産に利用されているが、ほとんどの昆虫細胞は応用利用されるまでには至っていない。しかし、昆虫そのものは極めて多様性に富む生物であるため、昆虫細胞には未利用資源としての魅力が豊富にある。たとえば、干からびても死なない昆虫として有名なネムリユスリカから樹立した培養細胞 Pv11 は、1年もの長期間の常温乾燥保存が可能な細胞である。このPv11細胞に人為的にタンパク質を合成させて、細胞まるごと乾燥させることで、合成したタンパク質の活性を長期間乾燥保存できる。しかし、Pv11細胞で働く従来のプロモーター(タンパク質合成のスイッチ)では、人為的に合成できるタンパク質の量はあまり多くなく、物質生産などに応用するには不十分であった。
そこで、本研究ではストレスの有無にかかわらず恒常的に高発現しているネムリユスリカの遺伝子のプロモーターに着目し、Pv11細胞で機能する発現ベクターの構築を行う。

成果の内容・特徴

  • ネムリユスリカのゲノム上でPv.00443と呼ばれる遺伝子の5'上流領域に、期待する恒常性高発現プロモーターが存在する。
  • 「121」と名付けたこのプロモーターは、既存のプロモーターと比べて極めて高いタンパク質合成活性を示す。Pv11細胞に発現させると、ネムリユスリカGapdhプロモーターの約800倍、昆虫細胞用の市販キットに含まれるIE2プロモーターの約1,500倍もの強力なタンパク質合成活性を示す(図1)。
  • 121プロモーターは、ネムリユスリカ以外の昆虫の細胞でも、タンパク質合成スイッチとして作動できる。S2細胞(キイロショウジョウバエ由来)、SaPe-4細胞(センチニクバエ由来)、Sf9細胞(ツマジロクサヨトウ由来)、BmN4細胞(カイコ由来)、Tc81細胞(コクヌストモドキ由来)で、市販キットで広く使われている昆虫細胞用プロモーターに匹敵するような高い活性を示す(図2)。すなわち、121プロモーターは、生物種に限定されない汎用性の高い昆虫細胞用プロモーターである。

成果の活用面・留意点

  • 121プロモーターを利用する事で、Pv11細胞を物質生産の素材として使えるようになる。
  • 121プロモーターは汎用性が高いので、様々な昆虫の細胞において、市販されている機能的プロモーターのセカンド・チョイスとして利用されることが期待される。
  • 昆虫細胞は室温で増殖可能な上、培養のために炭酸ガスが不要なため、哺乳動物細胞と比べて比較的簡便かつ安価なタンパク質合成系である。
  • 本研究の成果により、産業で役立つタンパク質を大量に"合成"して、そのまま細胞まるごと乾燥させて"保存"することが可能になる。このことから、効率的な有用物質生産系の構築に貢献すると期待される。

具体的データ

図1 Pv11細胞での121プロモーターのタンパク質合成活性,図2 121プロモーターは様々な昆虫の細胞で機能する

その他

  • 予算区分:
    交付金、農林水産省農林水産技術会議-ロシア科学基金(MAFF/AFFRC-RSF)国際共同研究パイロット事業交付金、競争的資金(科学研究費補助金 基盤研究(A))
  • 研究期間:2016~2019年度
  • 研究担当者:
    宮田佑吾、徳本翔子(東大院)、十亀陽一郎、Ruslan Deviatiiarov(カザン大)、岡田淳、Richard Cornette、Oleg Gusev(カザン大・理研)、Elena Shagimardanova(カザン大)、櫻井実(東工大)、黄川田隆洋
  • 発表論文等:Miyata Y. et al. (2019) Sci. Rep. 9:7004
    DOI: 10.1038/s41598-019-43441-x