ウイルスベクターを用いた植物のDNAフリーゲノム編集法

要約

植物に感染するウイルスを利用して、植物のゲノム編集を行う方法である。この方法では、後代でのゲノム編集酵素遺伝子の除去が不要になるため、交配後代を得るのが困難な栄養繁殖性作物などへの適用が期待できる。

  • キーワード:ジャガイモXウイルス、ベンサミアナタバコ、Cas9、組織培養、RNAウイルス
  • 担当:生物機能利用研究部門・植物・微生物機能利用研究領域・植物微生物機能ユニット
  • 代表連絡先:
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

ゲノム編集は、農作物の潜在能力を引き出すことにより、持続可能な農業の実現に貢献する重要な技術として期待されている。ゲノム編集を行うためには、ゲノム編集酵素を細胞内で働かせる必要があるが、植物では細胞壁が邪魔をするためにゲノム編集酵素をタンパク質の形で直接導入するのが困難である。そこで、ゲノム編集酵素を作る遺伝子を植物ゲノムに一旦組み込む方法が一般的であり、それに伴いゲノム編集後に不要になったゲノム編集酵素遺伝子は交配後代で除く必要がある。しかし、ジャガイモなどの栄養繁殖性作物では交配後代を得ることが困難なため、遺伝子を導入しないゲノム編集法が求められている。
そこで、本研究ではRNAをゲノムにもつ植物ウイルスベクターを利用することにより、外来遺伝子を植物のゲノムに組み込むことなくゲノム編集酵素を植物細胞内で作らせ、植物のゲノムに変異を導入する技術を開発する。

成果の内容・特徴

  • 本技術では、1本鎖RNAをゲノムにもつジャガイモXウイルス(PVX)ベクターを、化膿レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)由来のCas9遺伝子およびガイドRNA配列を発現するよう改変したものを用いる(図1)。ガイドRNA配列を変えることにより、植物ゲノム内の変異を導入する箇所を調節することができる。
  • PVXベクターは多くのナス科作物に感染可能である。また病原性が低いため、感染植物の生育に大きな影響はない。本成果では、モデル植物としてベンサミアナタバコを用いている。
  • Cas9を発現するPVXベクターをベンサミアナタバコの葉に接種し、約1週間後に接種葉より組織培養によって個体を再生させる(図2)。このとき、接種するPVXベクターはRNAと外被タンパク質のみから成るウイルス粒子の状態であるため、植物細胞に外来DNAは導入されない。また、組織培養時に抗生物質等による選抜は不要であり、再生した個体のうち、2-4%で変異が検出される。

成果の活用面・留意点

  • 接種葉より再生して得られたゲノム編集個体には、PVXベクターが感染している。PVXは種子伝染しないため、種子繁殖した後代植物では完全にウイルスをなくすことが可能である。一方、栄養繁殖性植物では種子繁殖が困難なため、茎頂培養などの方法でウイルスベクターを除去する必要がある。
  • 本方法は、栄養繁殖性作物のほか、形質転換が困難なためにゲノム編集ができなかった植物種にも適用できる可能性があり、ゲノム編集技術の適用可能な植物種の拡大が期待できる。

具体的データ

図1 化膿レンサ球菌由来Cas9(SpCas9)およびガイドRNA(sgRNA)を発現するPVXベクターの概略図,図2 ウイルスベクターによる植物のゲノム編集法の概略

その他

  • 予算区分:交付金、その他外部資金(SIP)
  • 研究期間:2014~2020年度
  • 研究担当者:石橋和大、有賀裕剛、土岐精一
  • 発表論文等:
    • Ariga H. et al. (2020) Plant Cell Phisiol. 61: 1946-1953.
      doi: 10.1093/pcp/pcaa123
    • 石橋ら「植物ウイルスベクターを利用したゲノム編集植物の生産方法」WO2018/151155(2018年8月23日)