標的組換えとマーカー遺伝子除去によって目的変異のみを導入できる精密ゲノム編集技術

要約

DNA切断と単鎖アニーリングと呼ばれる切断末端の再結合を利用することにより、標的組換えが生じた細胞の選抜に用いたマーカー遺伝子を痕跡なく除去する方法である。本方法により、効率的に目的の変異が導入された細胞を選抜することができる。

  • キーワード:標的組換え、ゲノム編集、点変異、除草剤耐性、閉花性
  • 担当:生物機能利用研究部門・遺伝子利用基盤研究領域・先進作物ゲノム改変ユニット
  • 代表連絡先:
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

DNA切断を行わないゲノム編集法として、ゲノムと相同性のあるDNA(ドナーDNA)を細胞外から核内に導入し、ドナーDNAとゲノム間で相同組換えが生じる過程で、ドナーDNA上の配列をゲノムにコピーする標的組換えがある。標的組換えが生じる頻度は非常に低いため、薬剤選抜マーカー遺伝子を利用して標的組換えが生じた細胞を選抜する方法がある。このとき、薬剤選抜マーカー遺伝子を除去することにより、標的部位に目的の変異だけを残すことが可能である。薬剤選抜マーカー遺伝子を除去する方法はいくつか開発されているが、いずれも、最終的に数十塩基の挿入が残ったり、痕跡なくマーカー遺伝子を抜くにはマーカー遺伝子を配する位置に制約があるなど、万能ではない。本研究では、これらの問題を解決するために、汎用性が高い新規の薬剤選抜マーカー遺伝子除去法の開発を試みる。また、本標的組換えシステムを利用してイネの標的遺伝子に目的の変異を導入することにより、除草剤耐性イネや閉花性イネを作出できるか明らかにする。

成果の内容・特徴

  • 本システムでは、薬剤選抜マーカー遺伝子を利用して標的組換えが生じた細胞を選抜した後、配列特異的なヌクレアーゼをコードする遺伝子を形質転換し、薬剤選抜マーカー遺伝子を切り出す。薬剤選抜マーカー遺伝子が切り出された後の切断末端は30~約1000塩基の配列が重複しており、重複配列間で単鎖アニーリングと呼ばれるDNA修復が生じると、痕跡なく薬剤選抜マーカー遺伝子が除去される(図1)。
  • イネPHYTOENE DESATURASE(PDS)遺伝子を標的とする標的組換え実験について、標的組換えが生じたイネカルスに対して配列特異的ヌクレアーゼ遺伝子を形質転換し、再分化個体を作出したところ、48個体中、9個体において薬剤選抜マーカー遺伝子の除去が確認され、そのうち2個体ではドナーDNA上の点変異がゲノムにコピーされており、痕跡なくマーカー遺伝子が除去されている。
  • 本標的組換えシステムにより、イネPDS遺伝子にR304S変異を導入したイネは、PDSタンパク質を標的とする光合成阻害型除草剤、ノルフルラゾンに抵抗性を示す(図2)。
  • オオムギでは、閉花性を決定するcleistogamy 1(cly1)遺伝子の発現がmiRNA(遺伝子の発現調節に関わる低分子RNA)との相補性の程度によって制御されている。イネ品種「日本晴」は開花性を示し、オオムギcly1遺伝子のカウンターパートと考えられるOsCly1遺伝子中のmiRNA標的配列は、開花性オオムギのcly1遺伝子と同様にmiRNAの配列と一致している。本標的組換えシステムにより、OsCly1遺伝子遺伝子に閉花性オオムギが有する塩基置換を導入した個体は、閉花性を示す(図3)。また、本手法により、OsCly1遺伝子がコードするアミノ酸配列を変えずにmiRNAの配列とのミスマッチを含む人工的な7塩基の不連続な置換変異を導入することも可能である(図4)。

成果の活用面・留意点

  • 痕跡なく薬剤選抜マーカー遺伝子を除去する方法として、昆虫由来のトランスポゾンであるpiggyBacを用いる方法が開発されている(横井ら、旧農業生物資源研究所、主な研究成果)が、piggyBacを用いる場合、薬剤選抜マーカー遺伝子の挿入位置にはTTAA配列が必須である。本研究で構築した薬剤選抜マーカー遺伝子除去システムは、薬剤選抜マーカー遺伝子の除去効率ではpiggyBacに劣るが、マーカー遺伝子の挿入位置に特定の配列を必要としないメリットがある。
  • PDS遺伝子に1アミノ酸置換をもたらす点変異が生じることで除草剤耐性となった例は水草において報告されているが、農耕地に生育する植物における報告はなく、PDSをはじめとする光合成関連因子の阻害剤に耐性を示すイネは未だ開発されていない。本PDS改変イネの除草剤耐性の程度は、同じ変異を有するPDS遺伝子の過剰発現イネには及ばないが、近年はゲノム編集による発現量の調整も可能となってきているため、PDS遺伝子への変異導入と発現量増加を組み合わせることにより、稲作において利用可能な除草剤の選択肢の拡大が期待される。
  • 本研究で開発したOsCly1遺伝子改変イネが安定した閉花性を示すかどうか、更なる検証が必要である。

具体的データ

図1 切断ならびに単鎖アニーリングを利用して選抜マーカー遺伝子を除去する標的組換えシステム,図2 PDS阻害型除草剤感受性の比較,図3 OsCly1遺伝子改変イネの開花の様子,図4  OsCly1遺伝子改変イネにおけるmiRNA標的部位の塩基配列解析

その他

  • 予算区分:交付金、競争的資金(科研費、農食事業)、その他外部資金(SIP)
  • 研究期間:2013~2020年度
  • 研究担当者:遠藤真咲、岩上哲史(京大)、大槻並枝、木澤恵子(日清製粉)、森明子、横井彩子、小松田隆夫、吉田均、早川克志(日清製粉)、雑賀啓明、土岐精一
  • 発表論文等:
    • Endo M. et al.(2020) Plant Biotechnology Journal doi: 10.1111/pbi.13485
    • Ohtsuki N. et al. (2020) Frontiers in Genome Editing 2:617713. doi: 10.3389/fgeed.2020.617713
    • 特許 標的DNAに変異が導入された植物細胞、及びその製造方法 土岐精一、遠藤真咲 国内 出願番号 2015-033825国外 出願番号 PCT/JP2015/055230