植物の種子がアブシジン酸に応答する新たな仕組み
要約
アブシジン酸応答で働くAHG1タンパク質は、種子休眠で重要な働きをするDOG1タンパク質と結合し、種子の発芽を制御している。AHG1やDOG1タンパク質の機能を制御することで、穂発芽しにくい農作物の効率的な開発が期待できる。
- キーワード:アブシジン酸(ABA)、タンパク質脱リン酸化酵素(PP2C)、穂発芽、種子休眠、ヘム
- 担当:次世代作物開発研究センター・基盤研究領域・育種素材開発ユニット
- 代表連絡先:電話029-838-7007
- 分類:研究成果情報
背景・ねらい
コムギやオオムギの栽培において、収穫前に穂についたままの種子が発芽する穂発芽は、品質の低下による商品価値が失われることから、農業上大きな問題になっている。植物ホルモンの一つであるアブシジン酸(ABA)は、植物が発芽に適切な時期が来るまで種子を発芽させない"種子休眠"や"乾燥ストレス応答"において重要な働きをし、穂発芽は種子休眠性と深く関わっている。種子がABAに応答する仕組みでは、タンパク質脱リン酸化酵素タイプ2C(PP2C)の一つであるAHG1が重要な働きをすることを以前報告したが、その働きは不明である。本研究では、モデル植物のシロイヌナズナを用い、AHG1タンパク質が働くための仕組みを明らかにする。
成果の内容・特徴
- AHG1タンパク質は、機能の詳細は分からないものの種子休眠で重要な働きをするDOG1タンパク質と結合する。
- DOG1タンパク質を過剰に蓄積する植物体(DOG1過剰発現体)は、通常であれば発芽可能な低い濃度のABA存在下において発芽や子葉が展開しにくい(図1)。これは、DOG1がABAに応答して種子休眠性を強めることを示す。
- DOG1タンパク質は、AHG1タンパク質のPP2C活性を抑制する(図2)。
- DOG1タンパク質は、ヘムと呼ばれる二価の鉄原子とポルフェリンで構成される錯体と結合し、赤褐色を示す(図3左)。ヘムとの結合にはDOG1タンパク質の245番目と249番目のアミノ酸残基であるヒスチジンが重要で、この2つのヒスチジンを別のアミノ酸に置き換えると、ヘムと結合しない(図3右)。
- DOG1タンパク質の245番目と249番目の2ヶ所のアミノ酸に変異を導入したDOGH245AH249A過剰発現体は、低濃度のABA存在下で発芽や子葉が展開しにくいというDOG1過剰発現体の性質が見られなくなる(図4)。これは、DOG1が機能するためにはヘムとの結合が重要であることを示す。
- 以上の結果は、これまで報告されたABA受容体を介して制御されるPP2Cタンパク質とは異なり、AHG1はDOG1タンパク質を介した仕組みでABAに応答して種子休眠を制御することを示す。
成果の活用面・留意点
- コムギやオオムギの栽培で問題となっている穂発芽は、種子休眠性と深く関わっている。AHG1タンパク質やヘムを介したDOG1タンパク質の機能を制御することで、穂発芽しにくい農作物の効率的な開発に利用できる。
- ABAが働くための仕組みや、そこで働く物質の役割を更に理解することができれば、得られた知見を応用して、気候変動による乾燥ストレスや異常な降雨などの劣悪環境下でも安定した収量を示す農作物の開発が期待できる。
具体的データ

その他
- 予算区分:交付金、競争的資金(科研費)
- 研究期間:2008~2018年度
- 研究担当者:西村宜之、土屋渉、James Moresco(TSRI)、林優紀(名大院理)、佐藤浩二、貝和菜穂美、入佐知子、木下俊則(名大院理)、Julian I. Schroeder(UCSD)、John R. Yates, III(TSRI)、平山隆志(岡大植物研)、山崎俊正
- 発表論文等:Nishimura N. et. al. (2018) Nature Communications 9:2132