イネのOsELF3-1遺伝子は光シグナルを抑制して出穂期を調節する

要約

イネのOsELF3-1遺伝子は光受容体(フィトクロム)を介して開花時期の調節を行っており、その自然変異は様々な栽培品種で利用されてきたと考えられる。OsELF3-1遺伝子に変異を導入することで、栽培地域の気候に適した出穂期・収穫時期を持つイネ系統を確立できる可能性がある。

  • キーワード:フィトクロム、イネ、出穂期制御、光応答、遺伝子重複
  • 担当:次世代作物開発研究センター・基盤研究領域・フィールドオミクスユニット
  • 代表連絡先:電話 029-838-7007
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

作物の開花期(イネにおける出穂期)は、北海道から沖縄まで、日長や気候が異なるそれぞれの地域に適した生育特性に影響を与える要因である。出穂期は24時間周期の生理現象を司る概日リズムと日長に対する応答性が関わる複雑な量的形質である。本研究は、イネの出穂期を制御する遺伝子の性質を明らかにし、出穂期の微調整を行う遺伝子型の選抜に結びつけることを目指したものである。イネには他の植物で開花期調節に関わるELF3類似遺伝子が複数(OsELF3-1OsELF3-2)存在するが、本研究により、なぜOsELF3-1がイネ出穂期制御における主働遺伝子となったのかが明らかとなる。

成果の内容・特徴

  • OsELF3-1遺伝子破壊系統(oself3-1)と活性型フィトクロムをわずかに産生する変異系統se5とを交配して得られた二重変異体(se5 oself3-1)は、se5の特徴である日長非感受性早咲き表現型が正常型に回復し、OsELF3-1遺伝子とフィトクロムの間に機能的な関係があることが示される(図1A)。また、日長応答性に関わるGhd7遺伝子およびEhd1遺伝子の発現解析からもOsELF3-1遺伝子とフィトクロムの関係が示唆される(図1B)。
  • イネに存在する3つのフィトクロム遺伝子を全て欠損する系統(phyAphyBphyC)でRNAiによるOsELF3-1遺伝子の機能を低下させた系統(phyAphyBphyC/OsEFL3-1 RNAi系統)における日長応答性遺伝子(Ghd7遺伝子とEhd1遺伝子)の発現は、phyAphyBphyC系統と比較して変化が見られない(図2)。このことは、OsELF3-1遺伝子が上記のse5変異体においてわずかに産生されている活性型フィトクロムの働きを抑制していることを示唆する。
  • OsELF3-1遺伝子は一日を通して恒常的に発現するが、OsELF3-1遺伝子に類似するOsELF3-2遺伝子の発現は夕方にピークを示す(図3)。このことから、朝はOsELF3-1だけがフィトクロムの働きを抑制していると考えられる。OsELF3-1遺伝子とOsELF3-2の遺伝子を同時に機能低下させた系統では概日リズムを示す遺伝子の発現に明瞭な異常が見られることから、夕方にはOsELF3-2遺伝子とOsELF3-1遺伝子が概日リズム制御に冗長的に働くことが示唆される。
  • 進化的な観点からは、OsELF3-1遺伝子はイネを含むOryza属の進化の過程でOsELF3-2遺伝子から重複した遺伝子と考えられ、フィトクロムを介した光応答性に特異的な抑制因子としての機能を獲得したと推察される。

成果の活用面・留意点

  • 既存自然変異の組み合わせや生育温度の劇的な変化などによりOsELF3-1変異の効果に変動が現れる可能性があるため、遺伝子変異の使用にあたっては、複数年の評価を必要とする。
  • 概日リズムへの影響を与えることなく、OsELF3-1遺伝子の変異具合により、栽培地域の気候に適した出穂期・収穫時期を持つイネ系統を確立できる可能性がある。

具体的データ

図1 OsELF3-1遺伝子とフィトクロムの遺伝的相互作用,図2 OsELF3-1遺伝子とフィトクロムの作用機構の解析,図3 OsELF3-1遺伝子とOsELF3-2遺伝子の発現様式と機能推定

その他

  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2013~2019年度
  • 研究担当者:伊藤博紀、田中悠里、井澤毅(東京大学)
  • 発表論文等:Itoh H. et al. (2019) Plant and Cell Physiol. 60:549-561