試験管内でマウスの始原生殖細胞から卵子を作り出す培養系の確立

要約

哺乳類ではこれまで生殖細胞としては最も未分化な始原生殖細胞から卵子を体外で作り出すことは不可能であったが、マウス胎仔の始原生殖細胞から減数分裂や卵母細胞の発育・成熟を段階的に誘導することにより、機能的な卵子へと分化させることができる。

  • キーワード:始原生殖細胞、卵母細胞、培養、卵胞形成、マウス
  • 担当:畜産研究部門・家畜育種繁殖研究領域・家畜胚生産ユニット
  • 代表連絡先:電話 029-838-8647
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

哺乳類の卵母細胞は胎仔期に最も数が多く、出生後は一部が発育して卵子となるものの他は死滅する。卵巣内の卵母細胞は観察が難しく、発育や死滅の機序についてはまだ不明な点が多い。マウスやウシでは、(培養液に高分子化合物を適度に加えることによって)卵母細胞から卵子を誘導することが可能となっており、卵子の有効利用という実用面や学術的な面から、さらに未分化な細胞から卵子を完全に体外で作出する技術の開発が望まれている。そこで、最も未分化な生殖細胞である始原生殖細胞を減数分裂させて発育途上の卵母細胞をつくる技術を開発し、発育途上卵母細胞から成熟卵子をつくる培養系と連結することによって始原生殖細胞から機能的卵子を作る体外培養系を確立する。

成果の内容・特徴

  • 12.5日齢のマウス雌胎仔の卵巣原基を材料とし、途中に卵胞分離と播き直しおよびコラゲナーゼ処理を含む30日以上の培養を行い、成熟卵子を得る。その流れを図1に示す。
  • 卵巣原基を培養用インサートメンブレンに載せ、培養液がわずかに卵巣原基を覆う程度の状態にして培養すれば、始原生殖細胞は減数分裂を開始して卵母細胞となる。培養開始後10日程度で原始卵胞が形成される。
  • 卵胞が発育し顆粒膜細胞が重層化すると、針などで卵胞を分離することができる。分離した卵胞にコラゲナーゼ処理を施す。
  • 培養液に血清を添加する場合、エストロジェンによって原始卵胞の形成が阻害され、単離することのできる卵胞数が減少する。エストロジェン受容体の拮抗剤であるICI 182 780を添加すると濃度依存的に採取卵胞数が増加する(図2)。
  • 分離後にコラゲナーゼ処理を施した卵胞を、2%のポリビニルピロリドン(PVP、平均分子量36万)を添加した培養液で培養する。PVPの添加により卵母細胞の生存率が著しく向上する(図3)。
  • 成熟誘起後に第一極体を放出し、さらに体外受精後に第二極体を放出して前核を形成した卵子は高い確率で2細胞期へと進む。それらの胚を移植することにより、卵巣あたり3.3匹の産仔を得ることが可能である(図1)。

成果の活用面・留意点

  • マウスの胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)に由来する始原生殖細胞様細胞から成熟卵子を誘導することも可能である。
  • 有用動物の増産や希少動物の増数につながることが期待される。
  • 卵母細胞の発育に要する日数は出生日から数えて22?24日であり、体内における発育とほぼ同じである。

具体的データ

図1 卵子を作出する培養系の流れ?図2 エストロジェン(E2)受容体の阻害による単離可能卵胞数の増加?図3 卵胞培養におけるPVP添加による卵母細胞の生存率の改善

その他

  • 予算区分:交付金、競争的資金(科研費)
  • 研究期間:2013~2016年度
  • 研究担当者:平尾雄二、尾畑やよい(東京農大バイオサイエンス)、林克彦(九州大医)
  • 発表論文等:
    1)Morohaku K. et al. (2016) Proc Natl Acad Sci USA. 113(32):9021-9026
    2)Hikabe O. et al. (2016) Nature. 17?539(7628):299-303
    3)尾畑ら「始原生殖細胞を機能的に成熟した卵母細胞へと分化させる培養方法」
    特願2015-184513(2015年9月17日)