精神的ストレスはモデルマウスの腸管エコシステムを撹乱する

要約

精神的ストレスを負荷したマウスではコントロールマウスと比べて盲腸内容物中のコール酸など代謝物の変化、回腸の免疫関連遺伝子の発現低下および腸内細菌叢の変動が生じる。

  • キーワード:社会的敗北ストレス、脳-腸-腸内細菌軸、コール酸、5-アミノ吉草酸
  • 担当:畜産研究部門・畜産物研究領域・畜産物機能ユニット
  • 代表連絡先:電話 029-838-8647
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

現代社会におけるストレスは様々な疾病の原因となっている。本研究では精神的ストレス負荷に対する腸管エコシステム(宿主細胞、腸内菌叢、腸内代謝産物を含む腸内環境)の応答・変化を明らかにし、食品成分などによる腸管からのストレス軽減を目指す。精神的ストレスモデルの一つとして知られる慢性的社会的敗北ストレス(sCSDS)マウスは、週齢が低く小型のC57BL6マウス(雄)に、週齢が高く大型のICRマウス(雄)のテリトリーに投入することで受ける直接的な攻撃と、攻撃後ICRマウスと穴の開いたしきりで隔てられたケージで受ける24時間の視覚・嗅覚による間接的な刺激を10日間連続で付与することで作出する。sCSDSマウスはコントロールと比べて他のマウス個体に対する好奇心の低下(社交性スコアの低下)、飲水量の増加、体重増加が報告されている。sCSDSマウスとコントロールマウスを用いて、マイクロアレイ解析による回腸の遺伝子発現、メタボローム解析による盲腸内容物の変動、16Sメタゲノム解析による盲腸および糞便の菌叢変化の比較解析により、sCSDSが腸管エコシステムに及ぼす影響を明らかにする。

成果の内容・特徴

  • sCSDSマウスではコントロールマウスと比べて盲腸内容物中のコール酸が増加し5-アミノ吉草酸が減少するなど代謝物の変化が生じる(図1)。
  • Gene Set Enrichment Analysis により、sCSDSマウスとコントロールマウスの回腸末端の遺伝子発現の違いがどのような生体反応やプロセスに関わる遺伝子セットに最も現れているかを明らかにできる。sCSDSマウスではコントロールマウスと比べて回腸末端の脂質やアミン輸送に関わる遺伝子群の発現が上昇し、免疫応答に関わる遺伝子群の発現が著しく低下する(表1)。
  • sCSDSマウスの盲腸および糞便中の細菌叢はコントロールマウスの細菌叢とは異なる。盲腸内代謝物変動と相関するOTU(Operational Taxonomy Units:ここでは16SリボソームRNA遺伝子の塩基配列に対し、閾値(97 %)以上の類似度がある配列群)が存在し、このOTUに相当する菌種が存在すると推定される(図1)。
  • sCSDSが腸管の免疫応答、腸内菌叢、代謝物などの腸管エコシステムを撹乱し、コントロールマウスとは異なるものに変化させることを示唆している。またいくつかのOTU、盲腸内代謝物がマウスの社交性スコアと相関することから、マウスの行動に腸内細菌由来の代謝物が直接的あるいは間接的に影響を及ぼす可能性が示唆される。
  • sCSDSによって変動する盲腸内代謝物(コール酸、5-アミノ吉草酸など)や腸内細菌(OTU1、OTU10、OTU8などに相当する菌種)はストレスモデルでのストレスマーカー候補として活用出来る。

成果の活用面・留意点

  • 本研究で用いた同じマウスの血漿および肝臓の代謝物の一部はsCSDSによって増減する(Goto et al. (2015) J. Proteome Res. 14, 1025-1032)。これらの代謝物のうち、5-アミノ吉草酸、γ-ブチルベタインなどの血漿および肝臓における変動は本研究の盲腸内容物における変動と一致しており、ストレスにより変動した代謝物が腸管から血中移行したものと考えられる。

具体的データ

図1 盲腸内における代謝物とOTUの相関関係を示すヒートマップ?表1 マイクロアレイ解析の結果、sCSDSマウス回腸末端においてコントロールよりも発現上昇あるいは発現低下する遺伝子セット

その他

  • 予算区分:その他外部資金(H24補正「機能性食品プロ」、SIP)
  • 研究期間:2013~2016年度
  • 研究担当者:青木綾子、青木玲二、守谷直子、後藤達彦(茨城大農)、久保田祥史(茨城大農)、豊田淳(茨城大農)、高山喜晴、鈴木チセ
  • 発表論文等:Aoki-Yoshida A. et al. (2016) J. Proteome Res. 15(9):3126-3138