生きたままの経時的な観察により牛体外受精胚の核や染色体分配の異常を検出する技術
要約
牛体外受精胚の核や染色体分配の異常を生きたまま経時的に観察できるライブセルイメージングにより高品質な牛胚を選別する技術である。形態観察のみの一般的な胚の評価法に比べてより客観的に良好胚を選別し、牛の受胎率向上や子牛の生産性向上に活用できる。
- キーワード:核、染色体分配、異常、ライブセルイメージング、牛体外受精胚
- 担当:畜産研究部門・家畜育種繁殖研究領域・家畜胚生産ユニット
- 代表連絡先:電話029-838-8630
- 分類:研究成果情報
背景・ねらい
近年、牛の飼養頭数の減少に伴う子牛価格の高騰が続いており、体外受精胚を利用した経済的に価値の高い黒毛和種(和牛)子牛の生産が増加している。しかし、体外受精胚移植の受胎率はこの15年間30~40%と低率で推移し、受胎率向上が課題である。また、農林水産研究基本計画においても、牛の受胎率向上は重点目標の一つに挙げられている。受胎率の向上には、受胎性の高い高品質胚の選別が必要であるが、通常、胚の品質評価と選別は、移植前の形態観察のみによって実施されている。最近、初期卵割(細胞分裂)の所要時間や細胞数等を経時的に観察し、形態学的に移植可能と判定された胚にも異常な特徴を有する胚が含まれること、卵割に異常のない正常胚の利用により受胎率が向上することが報告されている。一方、核や染色体の異常が不受胎や流産を引き起こす可能性も知られているが、一般的な顕微鏡観察では染色体異常を発見することができない。また、脂肪滴の多い牛胚では、前核数の確認すら困難である。
そこで、胚の核・染色体の動態をリアルタイムで非侵襲的にライブセルイメージングする技術を用いて、核や染色体分配に異常が認められない高品質な牛体外受精胚の選別技術を開発する。
成果の内容・特徴
- 牛体外受精胚の観察には、蛍光プローブ(ヒストンH2B-mCherryおよびEGFP-α-tubulinをコードするメッセンジャーRNA)と、超高感度カメラを搭載したスピニングディスク式蛍光共焦点顕微鏡(CV1000、横河電機)を組み合わせたライブセルイメージング技術を用いる。
- 食肉処理場由来の黒毛和種卵巣から採取した未成熟卵子を、黒毛和種の凍結精子と体外受精したのち、核・染色体(赤色)、微小管(緑色)を染める上記の蛍光プローブを前核期に注入し、8日目まで10分間隔で、非侵襲的にライブセルイメージングを実施することにより、核・染色体の動態をリアルタイムに観察できる(図1)。
- 本技術を用いることにより、通常は2個であるべき前核が多精子受精等により3個以上形成される核の異常や、卵割時に均等に分配されるべき染色体に一部取りこぼしのある染色体分配の異常などが生じた胚の選別が可能となる(図2)。
- 国際胚技術学会(IETS)が定義する一般的な形態学的指標によって評価された移植可能胚の45.5%は、第一卵割終了までのライブセルイメージングによって核や染色体分配の異常が認められる(図2、図3A)。
- IETS基準に加え、タイムラプスシネマトグラフィによる第1卵割終了までの所要時間と割球数(細胞数)およびその後の卵割休止期における割球数を加味した10分間隔、計8日間の動的指標を基準とした移植可能胚においても、それらの34.1%は、第一卵割終了までのライブセルイメージングによって核や染色体分配の異常が認められる(図2、図3B)。
- 本技術により選別した核や染色体分配に異常のない胚は、超低温保存(ガラス化保存)後に加温して受胚牛に移植すれば、受胎例が得られる(2/2頭)。
成果の活用面・留意点
- 一般的な形態観察で評価された移植可能胚の約半数が、不受胎や流産の可能性のある核や染色体分配の異常を有することが明らかとなり、本技術によりこれらの異常を非侵襲的に選別できる。
- 本技術を用いることにより高受胎率が期待できる高品質な体外受精胚の供給が可能となり、和牛の増産や乳牛の安定的確保への貢献が期待される。
- 移植頭数が少ないため、産子への発生能および蛍光プローブの非残留性等その正常性の検証を引き続き行う必要がある。
具体的データ

その他
- 予算区分:交付金
- 研究期間:2015~2018年度
- 研究担当者:的場理子、八尾竜馬(扶桑薬品)、山縣一夫(近畿大)、野老美紀子(近畿大)、鈴木理恵(近畿大)、古田なつき(近畿大)、鈴木由華(近畿大)、加部杏子(近畿大)、杉村智史(東京農工大)、菅原淳史(東京農工大)、矢島昂(東京農工大)、長澤知宏(東京農工大)
- 発表論文等:
- Yao T. et al. (2018) Sci. Rep. 8(1):7460
- 杉村ら(2018)畜産技術、762:14-17