大量のブタ未成熟卵子を効率的に超低温保存するための新しいプロトコル

要約

従来のブタ未成熟卵子の超低温保存技術のうち、ガラス化液による卵子処理時間、ガラス化液に含まれる高分子化合物の選択、卵子内の細胞骨格の異常の抑制、凍結保護物質による平衡処理時の温度の4要素について最適化することにより、作業の簡便化と大幅な効率改善が可能となる。

  • キーワード:ジーンバンク、ブタ、卵子、ガラス化冷却保存、胚発生
  • 担当:畜産研究部門・家畜育種繁殖研究領域・家畜胚生産ユニット
  • 代表連絡先:電話029-838-8630
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

未成熟卵子の超低温保存技術は、希少な動物種等の遺伝資源の保存(ジーンバンク)を充実させるために重要である。また、希少な遺伝資源に限らず、卵子を使用する時期を自由に選択できるようになれば、生物材料としての用途が大きく広がる。最近、ブタ未成熟卵子の超低温保存法を世界に先駆けて開発し、正常な産子が得られることを示した。一方、胚発生率については超低温保存を経ていない対照区よりも低いなどの課題が残されていた。そのような課題の克服と技術の効率化を達成することを目的とし、プロトコルの改変が必要と考えられる要素を4つ抽出した。すなわち、1)ガラス化液による卵子処理時間の最適化、2)ガラス化液に含まれる高分子化合物の選択、3)卵子内の細胞骨格の異常の抑制、4)平衡処理の温度の最適化である。以上の4つの要素の検討結果を踏まえて一つのシステムを構築する。

成果の内容・特徴

  • 未成熟卵子をガラス化液で処理し、液体窒素に投入しない場合、処理時間が30秒以内であれば毒性は認められないが30秒を超えると胚発生率が低下する(図1)。
  • 従来のプロトコルで使用されてきた生物由来成分である牛血清アルブミン(BSA)は、化学合成の産物であるポリビニルピロドン(PVP)で代替することができ、しかも生存率は改善される(図2)。
  • 従来使用されてきたアクチン重合阻害薬であるサイトカラシンB(CB)は、胚発生率への効果がない上に生存率を低下させるため、プロトコルから削除することができる(図3)。
  • ガラス化処理の前に凍結保護物質で処理する際の温度は、従来行われていた38 °Cよりも25°Cがより効果的である(図4)。
  • 以上の4要素の検討結果を踏まえたMicrodrop法(液体窒素内に直接卵子を滴下する保存法)の新しいシステムである。超低温保存後の胚盤胞への発生率は、すでに広く使われているCryotop法の成績と同等の20~30%へと改善される(改変前は5~10%)。

成果の活用面・留意点

  • 本成果における胚盤胞発生率は体外受精ではなく人為的卵子活性化処理後の単為発生で得られた数字を示している。体外受精による胚発生率は15~23%という結果が得られている(2019年1月第45回国際胚技術学会大会(International Embryo Technology Society)発表)。
  • 有害性が指摘されるサイトカラシンBの排除は普及に向けて有利な点となる。
  • ガラス化保存専用の細いプラスチック板に卵子を乗せるCryotop法に対し、Microdrop法は従来から特殊な機材等を必要としない方法であったが、本成果により胚発生率が良好であることが示された。30分あたり200個程度という規模で大量にブタ未成熟卵子を保存する場合に特に有効である。
  • 新しいプロトコルでは、サイトカラシンB処理と牛血清アルブミンの利用を廃止することで、それぞれ時間短縮とガラス化液成分の明確化を達成している。

具体的データ

図1 ガラス化液に浸漬した時間が卵子の生存率と胚発生能に及ぼす影響,図2 ガラス化液への牛血清アルブミン(BSA
)あるいはポリビニルピロリドン(PVP)の添加が卵子の生存率と胚発生能に及ぼす影響,図3 ガラス化時のサイトカラシンB処理が卵子の生存率と胚発生能に及ぼす影響,図4 ガラス化前の凍結保護物質による処理時の温度が卵子の生存率と胚発生能に及ぼす影響

その他

  • 予算区分:交付金、競争的資金(科研費、SATREPS)、その他外部資金(JSPSフェローシップ)
  • 研究期間:2015~2017年度
  • 研究担当者:ソムファイ タマス、Ruth APPELTANT、菊地和弘
  • 発表論文等:Appeltant R. et al. (2018) Cryobiology 85:87-94 DOI:10.1016/j.cryobiol.2018.09.004