精神的ストレスはマウスの腸管上皮細胞のフコシル化糖鎖を減少させる

要約

精神的ストレスの一種である社会的敗北ストレスの負荷により、マウスの小腸下部において、フコース転移酵素の発現量が低下し、腸管上皮のフコシル化糖鎖が減少する。

  • キーワード:社会的敗北ストレス、腸内細菌−腸−脳相関、レクチンマイクロアレイ、フコース転移酵素
  • 担当:畜産研究部門・畜産物研究領域・畜産物機能ユニット
  • 代表連絡先:電話029-838-8011
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

中枢神経系に加えられた精神的ストレスは、交感神経系や内分泌系を通じて腸管に伝達され、腸機能や腸内細菌叢に影響を及ぼす。一方、腹痛などの腸管の不快な感覚や、腸内細菌の産生する代謝産物の刺激は、逆に脳に伝達されて、ストレスの症状を増悪させる(腸内細菌−腸−脳相関)。腸管におけるストレス負荷の指標となるマーカーを選抜できれば、ストレス軽減効果を有する機能性食品や乳酸菌の開発に極めて有用である。
社会的敗北ストレス(CSDS)は、雄マウスの縄張り本能を利用して劣位のマウスに敗北経験(精神的ストレス)を負荷するモデルである。これまでの研究で、マウスへのCSDS負荷により、腸内細菌叢が変動することが明らかになっている。腸管上皮細胞の糖鎖は、腸内細菌の栄養源であると同時に、腸管上皮細胞への付着部位でもある。
本研究は、腸管上皮粘膜の糖鎖パターンに与えるCSDS負荷の効果を、レクチンマイクロアレイの手法を用いて解析したものである。レクチンは、糖鎖の特異的な構造を認識して結合するタンパク質である。多数のレクチンに対するサンプルの結合強度を網羅的に評価することで、糖鎖をプロファイリングする手法がレクチンマイクロアレイである。

成果の内容・特徴

  • CSDSを負荷したC57BL/6Jマウスでは、腸管上皮から抽出された糖タンパク質に含まれる糖鎖とフコース特異的レクチンとの反応性の低下が認められる。このことは、CSDS負荷により、フコース(単糖の一種)が末端に付加されたフコシル化糖鎖が減少したことを示している(図1)。
  • フコシル化糖鎖の減少が観察されたのは、小腸下部の腸管上皮のみで、小腸上部や大腸の腸管上皮では、フコシル化糖鎖の減少が観察されない。
  • CSDS負荷によるフコシル化糖鎖の減少は、腸管上皮細胞の糖鎖にフコースを付加するフコース転移酵素(Fut1/Fut2)の遺伝子発現が、CSDS負荷マウスの小腸下部で特異的に減少する結果からも裏付けられる(図2)。
  • 腸管上皮のフコシル化の程度は、精神的ストレス負荷のマーカーとなる。

成果の活用面・留意点

  • 腸管上皮におけるフコシル化糖鎖の量的な変化は腸内細菌叢の変動をもたらす可能性が高く、本研究の成果は、腸内細菌−腸−脳相関のメカニズムの解明につながる。

具体的データ

図1 社会的敗北ストレス(CSDS)負荷マウスの腸管上皮糖鎖のフコース結合レクチンへの反応性の減少,図2 社会的敗北ストレス(CSDS)負荷がフコース転移酵素遺伝子(Fut1/Fut2)の発現に与える効果

その他

  • 予算区分:交付金、その他外部資金(SIP)
  • 研究期間:2016~2018年度
  • 研究担当者:高山喜晴、鈴木チセ、小又尉広、青木玲二、青木(吉田)綾子(東大院農学生命科学)、比江森恵子(産総研)、豊田淳(茨城大)、舘野浩章(産総研)
  • 発表論文等:Omata Y. et al. (2018) Sci. Rep. 8:13199