農業用ダムの地震波伝播速度に大規模地震が与える影響を解析する技術

要約

農業用ダムに整備された地震計の一連の観測記録に繰り返し地震波干渉法を適用することにより、大規模地震に伴う強震動による農業用ダムの地震波伝播速度の一時的な低下とその後の長期的な変化を定量的に解析する技術である。

  • キーワード:農業用ダム、地震計、大規模地震、繰り返し地震波干渉法、地震波伝播速度
  • 担当:農村工学研究部門・施設工学研究領域・施設構造ユニット
  • 代表連絡先:電話029-838-7677
  • 分類:普及成果情報

背景・ねらい

一般に地盤材料の地震波の伝播については、その材料の剛性が高いほど速くなり、剛性が低下すると遅くなる。そこで農業用ダムに整備された地震計の一連の観測記録に「地震波干渉法」と呼ばれる手法を適用し、堤体の状態を地震波伝播速度で評価しその変化を追跡する技術を提案する。長期的に蓄積された多数の地震計観測記録に逐次繰り返し適用できる解析技術を開発し、東北地方太平洋沖地震のような大規模地震に伴う強震動によって発生する農業用ダムの地震波伝播速度の低下と、その後の長期的な変化を定量的に評価する。

成果の内容・特徴

  • 農業用ダムの堤体の堤体の力学的特性に貯水位変化が与える影響を把握することは安全性評価の信頼性を高めるという観点で重要である。そこで地震動観測記録の波形に地震波干渉法と呼ばれる手法を適用する。その結果、地震波が監査廊から堤頂まで上方へと伝播する時間を定量的に評価でき、一連のダム観測記録に繰り返し適用することにより監査廊--堤頂間の地震波伝播時間の貯水位上昇に伴う変化を追跡できる(図1)。
  • 東北地方太平洋沖地震のような大規模地震の際には強震動に伴い一時的に堤体の地震波伝播速度が低下する。監査廊と堤頂に配置された地震計の観測波形を細かく区分し繰り返し地震波干渉法を適用し、監査廊--堤頂間の地震波伝播速度の地震発生時の時間変化を解析することで、東北地方太平洋沖地震のような大規模地震前後で発生する地震波伝播速度の変化を評価することができる(図2)。
  • 強振動時に発生した伝播速度の変化が一時的なものか、長期的にみても低下したままかを明らかにすることは堤体の状態を考える上で有益である。本解析技術は農業用ダム地震計の長期的な一連の観測記録に繰り返し地震波干渉法を適用することにより、地震波伝播速度の長期的な変化を追跡できる。これにより地震前後で発生した地震波伝播速度の低下は一時的なものであり、長期的には元の速度に漸近するように上昇し、その上昇は築堤後の圧密による上昇よりも速いものであったことがわかる(図3)。
  • 基盤に相当する監査廊の地震計で10cm/s2以上の最大加速度を示した地震について整理すると、地震波伝播速度の地震前後の変化は、震度や最大加速度の増大により大きくなる傾向が認められる。このことから地震前後に発生した地震波伝播速度の低下量は農業用ダムへの強震動の影響を示す指標となる(図4)。

普及のための参考情報

  • 普及対象:農業用ダムの維持管理や耐震評価に係る行政部局およびコンサルタント
  • 普及予定地域:国営事業や県営事業で造成された農業用フィルダムを想定
  • その他:本技術は農業用ダム既設地震計観測記録に適用可能であり、新たな計測装置は必要としない。大規模地震発生前後における堤体の状態変化の有無の把握や、より詳細な調査の要否の判断の参考等への活用が期待される。耐震評価の信頼性向上に資するため、動的解析に用いる剛性等の諸元の変動特性の把握に活用できる。再現性や解析結果の解釈においては、設置されている地震計の配置状況や性能等にも依存するため、初めて適用する際には専門的見地からの検討が必要である。

具体的データ

図1 振動センサの観測波形と地震波干渉法により評価された地震波伝播時間とその変化;図2 強震時の地震波伝播速度変化;図3 長期的な地震波伝播速度の変化;図4 地震前後での地震波伝播速度変化率と地震の震度・最大加速度との関係


その他

  • 予算区分:交付金、競争的資金(農食事業)
  • 研究期間:2015~2017年度
  • 研究担当者:黒田清一郎、田頭秀和、増川晋
  • 発表論文等:
  • 1)黒田ら「地震計による堤体の診断方法」特許5636585号(平成26年10月31日)
    2)黒田ら(2017)農業農村工学会誌、85(3):3-7
    3)黒田ら(2017)農業農村工学会誌、85(4):7-11