流域水循環の解析モデルによる農業用水の河川への還元量の可視化手法

要約

農業用水の循環過程を組み込んだ分布型水循環モデルにより、河川への還元水量を評価する手法である。流域スケールで還元量の時空間分布を表現することにより河川の低水流況を精度良く計算でき、用水計画、貯水池の放流量決定、気候変動の影響評価および適応計画の策定等に活用できる。

  • キーワード:水資源、農業用水、渇水流量、還元量、分布型水循環モデル
  • 担当:農村工学研究部門・地域資源工学研究領域・水文水資源ユニット
  • 代表連絡先:電話 029-838-7509
  • 分類:普及成果情報

背景・ねらい

農業用の水利用は、その取水量の多さに加え、繰り返される取水と河川への再流入(還元)の過程により、渇水(低水)時の流況を支配する。今後、気候変動による降水・融雪のパターンの変動や、土地利用や水稲の作付け時期の変化が予測される状況下で安定的に農業用水を確保するためには、農業用水の循環特性に基づいた水利用計画の策定が必要となる。しかし、取水・分水量の観測データは基幹的な施設のみに限られ、還元量が河川の低水流況に及ぼす影響を流域スケールで評価することは困難であった。そこで本手法では、環境が変動する下での水利用計画の策定を支援するため、農業用水の還元量が河川流況に及ぼす影響を流域スケールで可視化する手法を開発する。

成果の内容・特徴

  • 本手法は、自然的な流出過程と人為的な水循環系を一体的に解析するグリッド型の水文モデル(分布型水循環モデル)と、同モデル上で灌漑水の流下を追跡する計算モジュールによって構成される(図1(a))。この手法により、分布型水循環モデルの任意のグリッド(地点)において、河川流量に占める還元量の比率(還元寄与率)を評価できる(図1(b))。
  • 本手法により、還元寄与率の空間的な分布を可視化できる(図2(b))。A川・B川流域(図2(a))における適用例は、本川(A川)上にある三基の頭首工(i~iii)で取水された農業用水が還元し、支川上に位置する頭首工(iv~vi)で再び利用されることを示す。
  • 本手法により、取水地点の河川流量の還元量への依存度を可視化できる(図3)。A川・B川流域では、支川の頭首工(iv~vi)の還元寄与率は本川の頭首工(i~iii)より高く、還元量への依存度が相対的に高いことを示す。また、支川の頭首工での還元寄与率は年によるばらつきが大きく、利用可能な水資源量の予測が難しいことを意味する。
  • モデルの実装に要する労力を軽減するため、分布型水循環モデルの基礎データ(気象データ、農業水利施設、灌漑受益地等の諸元)は全国スケールで整備されている。実装したモデルに水利用・管理に関する地域固有の情報(貯水池運用・取水等の計画資料、流量・取水量の実績値等)を付与することにより、取水・還元の影響が大きく、流量予測が困難な支川においても計算精度を実用的なレベルにまで高めることができる。

普及のための参考情報

  • 普及対象:水利用の計画主体である地方農政局(土地改良調査管理事務所)、水資源機構、地方自治体等の行政機関である。
  • 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等:水田灌漑が主体の日本の全河川流域を想定する。
  • その他:これまで行政機関が本手法を利用した業務として、河川協議に向けた流域の利水安全度評価(広域基盤整備計画調査)、還元の影響が大きい流域における貯水池放流量の決定支援(国営造成施設水利管理事業)等の事例がある。また、気候変動時に想定される気象データは日本全域で整備されており、水資源量の将来予測に活用できる。

具体的データ

図1 (a)分布型水循環モデルの全体像;(b)分布型水循環モデルにより表現される還元量,図2 (a)適用した流域の全体像;(b)流域内の全グリッドにおける還元寄与率の分布,図3 各頭首工地点での還元寄与率

その他

  • 予算区分:交付金、その他外部資金(資金提供型共同研究)
  • 研究期間:2014~2019年度
  • 研究担当者:吉田武郎
  • 発表論文等:
    • Yoshida T. et al.(2016)Irrigation and Drainage DOI:10.1002/ird.2040
    • 宮島ら(2018)農業農村工学会論文集、307:I_185-I_195
    • 吉田ら(2014)職務発明プログラム「農地水利用を考慮した分布型水循環(DWCM-AgWU)モデル」、P第10359号-1