圃場とチャンバー実験で得られたイネの光合成パラメータと葉身窒素の密接な関係

要約

大気CO2濃度の上昇が水稲に及ぼす影響を数値予測する上で核となる光合成モデルの主要パラメータは、圃場における開放系大気CO2増加実験やチャンバー実験に関わらず、葉身の窒素含量の関数として表すことができる。

  • キーワード:FvCB光合成モデル、開放系大気CO2増加実験、気候変動、ダウンレギュレーション、チャンバー実験
  • 担当:東北農業研究センター・生産環境研究領域・農業気象グループ
  • 代表連絡先:電話 019-643-3462
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

大気CO2濃度の上昇が水稲に及ぼす影響をシミュレーションモデルで予測するためには、CO2濃度に対する光合成の反応を的確に再現する必要がある。高CO2濃度(以下、高CO2)に対する作物の反応は、ポットを利用した閉鎖型の人工気象室(チャンバー)や屋外圃場での開放系大気CO2増加(FACE)実験で試されているが、光合成のCO2濃度に対する反応が、実験手法などで異なるかは知られていない。そこで、本研究では、CO2濃度に対する光合成反応で広く用いられるFarquharら(1980)の光合成モデル(以下、FvCBモデル)のパラメータが、2 地点で実施したFACEと閉鎖型人工気象室(チャンバー)実験でどのように異なるかを明らかにし、将来の作物生産の予測精度の向上に役立てる。

成果の内容・特徴

  • 岩手県雫石町と茨城県つくばみらい市の農家水田におけるFACE実験、盛岡市の温度勾配型チャンバー(グラディオトロン)、つくば市の閉鎖型チャンバーにおけるポット実験で、2水準のCO2濃度でイネを栽培し(図1)、異なる生育ステージに測定した個葉の光合成速度から、FvCBモデルの主要パラメータ(最大CO2固定速度、Vcmaxと最大電子伝達速度、Jmax)を推定した(図2)。高CO2処理の濃度は、約50年後を想定した対照区+200ppm(約580ppm)で、各パラメータの対照区に対する高CO2区の比を対数変換し、統計解析を行った。
  • Vcmax、Jmaxは、高CO2によって、それぞれ9%、6%程度低く(図3)、高CO2条件生育したイネは、高CO2による光合成の促進が鈍る「ダウンレギュレーション」が起きる。ダウンレギュレーションの程度は、有意ではないが、FACEよりもチャンバーの方、出穂前よりも出穂後の方が大きい傾向にある(図3)。
  • VcmaxとJmaxは、葉面積当たりの葉身窒素含有量と極めて高い正の相関にあり、折れ線回帰分析で表すことができる(図4)。以上から、光合成に関わる主要パラメータは、チャンバー実験でも一般性の高い値が得られ、生育ステージによるパラメータの変動は、葉身の窒素含量から予測可能である。

成果の活用面・留意点

  • 葉身の窒素含量を推定できる作物モデルでは、本成果を光合成サブモデルに容易に導入することができる。
  • 光合成関連のパラメータと窒素含量との関係は、異なる生育ステージ、肥料水準、4品種の結果を解析したもので、一般性が高く、作物モデルや陸面過程モデル(地表面と大気との間の水やエネルギーのやりとりを表すモデル)のCO2応答に活用できる。

具体的データ

図1 開放系大気CO2増加(FACE)とチャンバー実験の様子?図2 個葉光合成速度のCO2濃度に対する反応の一例?図3 高CO2が光合成パラメータに及ぼす影響

その他

  • 予算区分:委託プロ(温暖化適応・異常気象対応)、競争的資金(科研費、環境研究総合)
  • 研究期間:2010~2016年度
  • 研究担当者:長谷川利拡、酒井英光、常田岳志、臼井靖浩、吉本真由美、福岡峰彦、中村浩史(太陽計器(株))、下野裕之(岩手大農)、岡田益己(岩手大農)
  • 発表論文等:Hasegawa T. et al. (2016) Adv. Agric. Syst. Model. 7: 45-68