乗用トラクタの危険挙動再現のための実験用走行路及び挙動計測システム

要約

乗用トラクタの傾斜走行時横転倒及び脱輪時横転倒の2つの危険挙動が安全に再現可能な走行路と、モーションキャプチャによるトラクタ挙動を計測するシステムである。トラクタ車両運動モデルやシミュレーションの検証及び転倒防止技術の効果検証に有効である。

  • キーワード:農作業安全、転落・転倒事故、トラクタ、危険挙動再現、計測システム
  • 担当:農業機械研究部門・システム安全工学研究領域・予防安全システムグループ
  • 代表連絡先:
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

農用トラクタ(以下、トラクタ)による死亡事故の約6割の原因は転落・転倒である。トラクタは、他の車両と大きく異なる構造上の特徴を持ち、さらに、傾斜地や荒れた狭い農道などの環境要因も重なり、事故の発生につながっている。そのため、トラクタの危険挙動を力学的に解明する研究が車両運動モデルによるシミュレーションや模型実験により進められている。しかし、トラクタ実機を用いてこれまで確立されてきたトラクタの車両運動モデルの妥当性の検証を行うことは、機材の破損と試験者の危険を伴うこともあり困難である。
このため、本研究ではトラクタ実機を用いて転落・転倒の危険挙動の再現が可能な走行路及び挙動計測システムを開発する。

成果の内容・特徴

  • 本実験用走行路は、H形鋼と樹脂パレット、ポリエステル製ネット及びワイヤ等により構成される。また、機関出力7.7kWの実験用トラクタには、クラッチの断続及びステアリング操作の無線操縦装置、防護装置、緊急停止ボタンの安全装置を設置する。これらを用いて、1)傾斜走行時に山側の障害物に乗り上げて横転倒、2)経路から外れて片輪を脱輪して横転倒の2つのトラクタの危険挙動が再現可能である(図1)。
  • 試験条件は、傾斜走行時転倒では傾斜角度2段階(12、24°)及び段上の障害物高さ3段階(50、75、100mm)に、脱輪転倒試験では段差高さ2段階(150、300mm)に設定できる。トラクタは走行速度0.3~1.6km/h、作業機有又は無に設定可能である。
  • 計測システムは光学式モーションキャプチャカメラ8台を用いており、トラクタ進行方向5mの範囲で計測が可能である。トラクタの重心点の左右方向2箇所に計測用反射マーカを取付けることで、加速度、3軸方向角度、角速度について慣性計測装置を用いることなく同等の精度で計測できる(図2)。また、トラクタの構造的特徴である前車軸と後車軸のねじれを捉えることが可能であり、トラクタの動的挙動の解析に有効である(図3)。
  • 分析化学に用いられる検出限界の考え方を適用した判定式を導入し、計測精度を確認する手法を策定した。キャリブレーション用治具を用いて、図4の5と6の新たに追加した手順を行うことで、±2mmの計測精度を確保することが可能である(図4)。これにより、転倒挙動の解析に必要なロール角の分解能0.5°を得ることができる。

成果の活用面・留意点

  • 本走行路は重量600kgまでの遠隔操作可能なトラクタのみを対象としている。
  • 傾斜走行は段差を用いて再現しており、実際の傾斜地とは各タイヤへの反力及び摩擦力が異なることから、これらの動的横転倒角への影響を検討する必要がある。

具体的データ

図1 脱輪転倒時(左)と傾斜走行時転倒(右)の様子,図2 脱輪時のトラクタ重心点のロール角速度,図3 傾斜走行時転倒の車軸ロール角推移,図4 計測精度判定のための手順

その他

  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2018~2021年度
  • 研究担当者:井上秀彦、滝元弘樹、下元耕太、原田泰弘、原田一郎、塚本茂善
  • 発表論文等:
    • 井上ら(2022)農業食料工学会誌、84(3):176-182
    • 井上ら(2022)農業食料工学会誌、84(3):183-188