集団における変化割合の時間的推移を表す理論的でパラメータが少ない到達時間式の導出

要約

集団内の変化割合の時間推移を理論的に表すため、Arrhenius式に正規分布する濃度因子を導入することで到達時間式を導出した。パラメータは理論的意味を持ち、少ないので当てはめ式としても活用できる。この式から時間的分布の歪性は濃度因子の変動係数に起因すると説明できる。

  • キーワード : 集団変化、Arrhenius式、正規分布、シグモイド式、歪性
  • 担当 : 九州沖縄農業研究センター・研究推進部・研究推進室
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

種子の発芽などの生物の生育変化や緩効性肥料からの窒素供給などの非生物の状態変化を含めて、集団内で変化にかかる時間がばらつく現象について、集団内の変化した累積割合の時間的経過を表すために、logistic式などの生長式が利用されてきた。生長式は生物の個体や集団の生長を表すことにおいて理論的であるものの、ある特定の生育段階に至る時間の累積分布を表すことについて理論的裏付けが無く、シグモイド式として当てはまりが良いことから流用されているに過ぎない。このため、当てはめて得られたパラメータの値は形状を反映する以上の理論的な意味を持たない。そこで、集団内の変化を表すことについて、理論的解析が可能な理論的背景を持つシグモイド式を新規に導出する。

成果の内容・特徴

  • 物理学的説明が可能で、温度の影響の解析に用いられるArrhenius式において、速度定数kを速度vから濃度因子cを除いたものとし、速度vの逆数は時間tであるとして、時間tに対して累積変化率yを表す式1を誘導し、到達時間式(reach time equation)と名付ける(図1)。

    y = F ・[100% - CN{exp(E /R /T )/t, μ, σ}]... 式1

  • 到達時間式は5つのパラメータを持つが、定温利用など絶対温度が不要であれば、新たなパラメータp,qで置き換えることで、パラメータを3つに減らした式2に変形できる(図2)。

    y = F ・[100% - CN{1/t, p, q}]... 式2

    区別する場合、温度を含めて解析できる式1を5パラメータ型と呼び、温度のパラメータを含まない式2を3パラメータ型と呼ぶ。後者のパラメータ数はlogistic式と同じ3つであり、パラメータ数が増えていないことから、logistic式の代わりの当てはめの式として利用できる。
  • 到達時間式(3パラメータ型)は、パラメータ数がlogistic式と同じでありながら、後半にだらだらと収束する歪度が高い分布も表せる(図3)。
  • 到達時間式の四分位歪度は、数式による誘導(発表論文に記載)から、濃度因子の変動係数に比例することが示され、この変動係数が大きいほど分布の歪度は大きくなる(図3)。このことから、集団における変化までの時間的分布の歪性は濃度因子の変動係数に起因すると説明できる。
  • 濃度因子は反応に関わる基質や酵素などの濃度を表すと考えることができるので、それらの変動係数が大きいことが集団内における変化時間の分布に歪性を引き起こしていると説明できる。
  • 解析例として、水稲と雑草における発芽率の推移を到達時間式に当てはめたところ、水稲に比べて雑草で濃度因子の変動係数が大きかった(図4)。仮に他の要因が無く、ばらつきが同程度でも種子重が小さければその変動係数が大きくなるので、一つの仮説として、雑草で時間的分布での歪性(時間の後半にだらだらと発芽する傾向)が生じる理由は種子重が小さいためと説明できる。

成果の活用面・留意点

  • 本式は物理学的根拠を持つArrhenius式と統計的根拠を持つ正規分布から得られたので、例示した発芽だけでなく、工業製品の故障などの無生物を含めた様々な集団の変化に利用できることが期待される。また、同質個体からなる集団だけでなく、異質個体から構成されていても連続分布と見なせるならば、集団全体の特徴をまとめて表すためにも利用できると期待される。
  • 上記の到達時間式には単純な数式で示せない累積正規分布関数が含まれるが、この関数は表計算(Microsoft Excelではnorm.dist)で容易に計算できる。一方、到達時間式の微分型は単純な数式で表せ、集団における変化時間の分布を示せる(区別する場合、元の式を積分型と呼ぶ)。
  • 本式の誘導で設けた濃度因子は、Arrhenius式を用いた当てはめ解析で、見かけ上、頻度因子に含まれて算出される。Arrhenius式の解析において、頻度因子が解析に利用されることや注目されることはこれまで見たことがない。物理学的に頻度因子は固定値を取ると考えることが妥当であることを考慮すれば、実験的に得られる頻度因子の変異は濃度因子の変異と考えることができ、Arrhenius式で頻度因子を解析する意義が示されることから、解析での利用が期待される。

具体的データ

図1 到達時間式(5パラメータ型:温度パラメータ有)の誘導,図2 到達時間式(3パラメータ型:温度パラメータ無)の誘導,図3 到達時間式の形状は濃度因子の変動係数で決まる,図4 定温における発芽に当てはめた解析例(雑草2種における濃度因子の変動係数CVは水稲より大きい)

その他

  • 予算区分 : 交付金
  • 研究期間 : 2021年度
  • 研究担当者 : 原嘉隆
  • 発表論文等 : Hara Y. (2024) JARQ. 58:39-48