リンゴ「ふじ」のみつ入り果には揮発性成分の偏りと水ポテンシャル勾配が存在する

要約

リンゴ「ふじ」のみつ入り果とみつ無し果について、果肉の外周部位と内側を比較すると、みつ入り果のみで内側(みつ部位)の揮発性成分が多く、糖度は低く、細胞膨圧の低下と関連する水ポテンシャルの勾配が存在する。みつ無し果では糖度と水分生理状態の部位間の偏りは小さい。

  • キーワード:リンゴ「ふじ」、みつ入り、水ポテンシャル、細胞膨圧、揮発性成分
  • 担当:基盤技術研究本部・高度分析研究センター・環境化学物質分析ユニット
  • 代表連絡先:
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

みつ入り「ふじ」の風味は消費者の評価が高く、その制御は高品質栽培や新品種育成において重要な課題である。リンゴにみつが入るメカニズムについては世界中で多くの研究がなされ、みつは細胞間隙に集積した水分であること、完熟した果実の糖代謝に関連する現象であること、みつ入り果は特有の物質代謝による芳香を発し嗜好性を高めていることが明らかになってきている。しかし、水分生理状態の細胞レベルの解明については正確な計測が困難なため未解明であった。
本研究ではプレッシャープローブ(細胞膨圧の計測に使用する毛細管)を用いた最新の細胞液の採取・分析技術を適用し、収穫後のみつ入り果に特徴的な物質代謝と水分生理状態を明らかにし、樹上で進行するみつ形成のメカニズムの参考情報とする。

成果の内容・特徴

  • 「ふじ」果肉の外周(みつ無し部位)、内側(みつ部位)とその境界の細胞から採取した細胞液についてリアルタイム質量分析を行うと、みつ部位から境界部分にかけての揮発性物質の濃度はみつ無し部位より高い。みつ無し果では逆に外周の濃度が高い(図1)。
  • 浸透圧計測法の相違による揮発性物質検出能力を比較するため、エタノ―ルを段階的に添加したリンゴ果汁について、蒸気圧測定法と凝固点降下法の2種類の方法で浸透圧を測定すると、蒸気圧法ではエタノ―ル添加に関わらず一定値をとる。一方、凝固点降下法では、添加したエタノ―ル量に応じた浸透圧の上昇が計測される(図2)。これより、揮発性成分を多く含む試料で蒸気圧測定法により計測した浸透圧は過小評価される恐れがあり、凝固点降下法がより正確な測定法といえる。リンゴのみつ入り果について部位別の浸透圧を測定すると、蒸気圧測定法ではみつ部位はみつ無し部位より低いが、凝固点降下法で正確に測定すると部位間に差は認められない(図3C、E)。
  • みつ入り果のみつ部分では糖度、細胞膨圧が特異的に低い(図3A、B)。対照的に、みつ無し果では糖度、細胞膨圧ともに部位間差は認められない(図略)。
  • 水ポテンシャル値は細胞膨圧から浸透圧を差し引いた負の圧力値であり、みつ入り果には水ポテンシャル勾配が観測される(図3F)。植物で水は水ポテンシャルの高い方から低い方へ流れることから、収穫後の「ふじ」みつ入り果には果肉外周からみつの入る内側部分に向かう水の流れが存在する。

成果の活用面・留意点

  • 本成果は収穫後の果実から得た情報であり、樹上で生じるみつ形成の初期要因については別途果実の水分生理を踏まえた検討が必要である。
  • 細胞液代謝産物の分析は1細胞液に相当するピコリットルレベルの試料で分析可能な装置(ピコリットル・プレッシャープローブ・エレクトロスプレーイオン化質量分析法:picoPPESI-MS)を用いる。本法は各種の植物生理研究に応用できる。プレッシャープローブとは細胞膨圧の計測器で、シリコンオイルが充填された圧力センサーを有する石英製毛細管からなる。

具体的データ

図1 リンゴの部位別揮発性成分の比率,図2 リンゴ果汁にエタノールを添加した場合の計測法による浸透圧の相違,図3 みつ入りリンゴの部位ごとの細胞水分状態

その他

  • 予算区分:交付金、文部科学省(科研費)
  • 研究期間:2017~2020年度
  • 研究担当者:田中福代、和田博史、立木美保、畠山友翔、中田佳佑(愛媛大)、野並浩(愛媛大)、ロザ エラ-バルセルス(ブエノスアイレス大)
  • 発表論文等: Wada H. et al. (2021) Hort. Res. 8:187
    doi:10.1038/s41438-021-00603-1