植物由来の物質が土壌中の硝化を抑制する分子メカニズム

要約

窒素肥料の農地からの流出や温室効果ガスの排出を引き起こす硝化という現象を抑制する分子メカニズムを初めて解明し、成果の活用により安全で高機能な新規硝化抑制剤を開発することが可能になり、環境の保全に貢献する。

  • キーワード : 硝化抑制剤、ヒドロキシルアミン酸化還元酵素、窒素肥料、一酸化二窒素(N2O)、地球温暖化
  • 担当 : 基盤技術研究本部・高度分析研究センター・生体高分子研究ユニット
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

窒素は植物にとって不可欠な養分であるため、肥料にアンモニア態として添加される。アンモニア態窒素は土壌に吸着され流出しにくいが、土壌中の硝化菌の硝化作用により酸化されて硝酸態窒素に変化すると流出しやすくなる。この硝化による流亡を抑え、窒素肥料を効率的に利用できるよう硝化抑制剤が開発され、世界中で使われているが、残留性や揮発性、効果の持続性等の欠点を克服する新剤の開発は進んでいない。その理由の一つに硝化抑制剤の作用機構が不明な点がある。 また、硝酸態の流出により水系が汚染されること、二酸化炭素の約300倍の温室効果を持つ一酸化二窒素(N2O)が硝化の過程で生成することから、硝化の抑制は環境上の課題ともなっている。
そこで、本研究では硝化を抑制するメカニズムを解明するため、クルミ由来の生物的硝化抑制剤で、硝化菌のヒドロキシルアミン酸化還元酵素(HAO)を阻害して硝化抑制効果を示すと推定されるジュグロンに着目し、硝化菌培養液中のアンモニアや亜硝酸の濃度変化、HAOから電子を受け取る電子受容体シトクロムc554(Cytc554)の吸光スペクトル解析や、HAOと阻害剤の複合体のX線結晶構造解析の結果から、HAOの基質結合ポケットに対する阻害剤の空間的配置と阻害活性の関係などの詳細な作用メカニズムを解明する。

成果の内容・特徴

  • モデル硝化菌Nitrosomonas europaeaにアンモニアを与えて培養し、アンモニアの消費と亜硝酸の生成を測定すると、3日間の培養でアンモニアが完全になくなり同じ量の亜硝酸が発生する硝化が見られるが、ジュグロンを与えるとこの反応が完全に止まる(図1)。
  • 硝化菌はアンモニアをアンモニアモノオキシゲナーゼ(AMO)でヒドロキシルアミンに変換し、HAOでヒドロキシルアミンを亜硝酸に変換してできた電子をCytc554に渡す。試験管内でヒドロキシルアミンとHAOを混ぜても、電子を受け取る電子受容体がないと亜硝酸を作ることができないが、人工電子受容体(PMS)を添加すると、亜硝酸が生成する。PMSのかわりにジュグロンを添加しても亜硝酸が生成することから、ジュグロンが電子受容体であると考えられる(図2)。
  • ヒドロキシルアミン、HAOとCytc554を混ぜ、電子がCytc554に受け渡されるとCytc554の吸光スペクトルが変化するが、ジュグロンを加えるとこの変化はジュグロンの濃度に反比例して弱くなり、Cytc554に渡される電子をジュグロンが奪っていることがわかる。Cytc554はHAOから受け取った電子の半分を呼吸系に、もう半分をAMOに渡して、AMOはこの電子を使ってアンモニアをヒドロキシルアミンに変換するので、ジュグロンが電子を奪うとAMOによる変換と呼吸系が止まり、硝化菌は活動できなくなる(図3)。
  • ジュグロンが結合したHAOの立体構造がX線結晶構造解析により明らかになり、ジュグロンはHAOの触媒部位にあるヘムの近く、ヒドロキシルアミンが結合する場所から3.9Åの位置にあり、ヒドロキシルアミンが亜硝酸に変換する際にできる電子をその場で奪うと考えられる(図4)。

成果の活用面・留意点

  • 本成果は世界で初めて硝化抑制剤が働く分子メカニズムを明らかにしたものである。
  • 新しい硝化抑制剤を開発するためには、その分子メカニズムが明らかになっていることが極めて重要な基盤となる。HAOは硝化菌だけが持つ酵素なので、HAOと阻害剤の複合体の立体構造情報と作用メカニズムに合わせて阻害剤を最適化することで、他のタンパク質に結合する可能性を減らして硝化菌に特異的に作用する安全性の高い薬剤の開発が可能になる。

具体的データ

図1 硝化菌による硝化反応とジュグロンによる抑制,図2 1時間でHAOが作る亜硝酸の量の比較,図3 ジュグロンによる硝化抑制のメカニズム,図4 HAOの活性部位の立体構造と、ヒドロキシルアミン結合位置とジュグロン結合位置の関係

その他

  • 予算区分 : 交付金、農林水産省(イノベーション創出強化研究推進事業)、文部科学省(科研費、研究成果最適展開支援プログラム)、経済産業省(ムーンショット型研究開発事業)
  • 研究期間 : 2014~2023年度
  • 研究担当者 : 鈴木倫太郎、山崎俊正、圷ゆき枝、藤原孝彰、西ヶ谷有輝(株式会社アグロデザイン・スタジオ)
  • 発表論文等 : Akutsu Y. et al. (2023) Appl. Environ. Microbiol.89
    doi.org/10.1128/aem.01291-23