食品表示の信頼性確保に向けたはちみつの安定同位体比分析

要約

国際原子力機関(IAEA)と国連食糧農業機関(FAO)が連携して実施したアジア太平洋地域の食品表示の信頼性に関するプロジェクト(RAS5081)の一環として、バングラデシュ内に流通しているバングラデシュ産はちみつ(単花蜜および多花蜜)およびバングラデシュ産以外のはちみつの安定同位体比を分析し、はちみつへの甘味料添加の有無、蜜源および産地判別の可能性を検証する。

  • キーワード : はちみつ、安定同位体比分析、甘味料の混入、蜜源判別、産地判別
  • 担当 : 基盤技術研究本部・高度分析研究センター・生理活性物質分析ユニット
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

はちみつは、ミツバチが植物の花蜜、植物の分泌物又は同分泌物を吸った他の昆虫の排出物を集め、巣に貯え、熟成した天然の甘味物質である。世界的な需要の高まりと価格の高さから、サトウキビを原料とする砂糖やトウモロコシを原料とする異性化液糖など安価な甘味料を添加したはちみつや、蜜源や原産地を偽装したはちみつが流通するなど、食品表示偽装が問題になっている。
砂糖や異性化糖の混入の有無は、はちみつの炭素同位体比を分析することで判別が可能である(AOAC法:Official Method 998.12-1998 C-4 Plant Sugars in Honey. Internal Standard Stable Carbon Isotope Ratio)。植物は、大気中の二酸化炭素を取り込む光合成経路の違いで、C3植物、C4植物およびCAM植物に分類される。はちみつの蜜源となる植物は主にC3植物であり、その炭素同位体比はおおよそ-24‰より低い値を示す。一方、砂糖や異性化糖の原料となるサトウキビやトウモロコシはC4植物であり、炭素同位体比は-10‰前後とC3植物よりも有意に高いため、その差を利用して甘味料の添加の有無を判別することが可能である。また、はちみつ中のタンパク質は、甘味料等の添加の影響を受けないことから、はちみつの炭素同位体比と抽出したタンパク質の炭素同位体比を比較することで、はちみつへの甘味料添加の有無を判別することができる。さらに、はちみつから抽出したタンパク質の安定同位体比を分析することで、はちみつの蜜源や産地の判別の可能性が報告されている。
バングラデシュでは、養蜂事業を改善したことにより、はちみつの生産量は増加傾向となり、国内消費のみならず、輸出目的としての生産も増加傾向にある。はちみつは高価に取引されることから、バングラデシュ国内においても、はちみつへの甘味料の添加、蜜源や原産地の偽装の可能性が懸念される。これらに対して、安定同位体比分析は有用な手法であるが、バングラデシュ国内のデータがない。そこで、国際原子力機関(IAEA)と国連食糧農業機関(FAO)が連携して実施したアジア太平洋地域の食品の信頼性に関するプロジェクト(RAS5081)の一環として、同位体比質量分析計を用いて世界で初めてバングラデシュ産はちみつの安定同位体比を分析し、はちみつへの甘味料添加の有無、蜜源および産地判別の可能性を検証する。

成果の内容・特徴

  • バングラデシュ産はちみつは、単花蜜(ライチ3検体、マスタード14検体、ブラックシード8検体)、多花蜜(10検体)、バングラデシュ産以外のはちみつは、多花蜜14検体(オーストラリア産、インド産、サウジアラビア産、アラブ首長国連邦産)、マヌカ(ニュージーランド産1検体)を養蜂家および市場から収集し、はちみつへの甘味料添加の有無、蜜源および産地判別の可能性を検証する。
  • はちみつに甘味料が添加されていない場合、はちみつの炭素同位体比は、以下の3条件を満たす。①炭素同位体比は-23.5‰より小さい。②はちみつ全体とはちみつから抽出したタンパク質画分の炭素同位体比の差は1‰未満である。③AOAC法によるC4糖含有量が7%未満である。本研究で分析したはちみつ50検体のうち、上記3つの条件を満たさないはちみつが9検体存在し、C4植物由来の甘味料の添加が示唆される(図1)。
  • 2.の結果でC4植物由来の甘味料の添加がないと判断したバングラデシュ産およびバングラデシュ産以外のはちみつについて、抽出したタンパク質の炭素および窒素同位体比を比較すると、一部のバングラデシュ産はちみつについては、炭素同位体比が-27‰より小さい特徴が見られ、バングラデシュ産以外のはちみつと異なる特徴を示す(図2赤丸)。したがって、炭素および窒素同位体比により、バングラデシュ産はちみつの産地判別ができる可能性がある。ただし、炭素同位体比が-27‰より大きいバングラデシュ産はちみつもあり、ニュージーランド産、ドイツ産、一部のサウジアラビア産は窒素同位体比が3.5‰より大きいことから判別できる可能性があるが、オーストラリア産やインド産は窒素同位体比も1.5‰から3.0‰とバングラデシュ産はちみつと近い特徴を示し、判別が困難である。
  • 2.の結果でC4植物由来の甘味料の添加がないと判断したバングラデシュ産単花蜜について、抽出したタンパク質の炭素および窒素位体比を比較すると、蜜源間で有意差が見られる(図3)。

成果の活用面・留意点

  • いずれの産地においても検体数を増やして検証を重ねる必要はあるが、安定同位体比分析がバングラデシュ内で流通するはちみつの甘味料添加の有無や蜜源・産地の判別技術として有用である。
  • 安定同位体比は年次変化が見られる可能性があり、引き続き年次変化を踏まえ、はちみつへの甘味料添加の有無や蜜源の判別等に利用可能か検証が必要である。
  • 得られたデータはプロジェクト(RAS5081)メンバーで共有し、アジア地域における食品の信頼性向上につなげる。

具体的データ

図1 はちみつから抽出したタンパク質およびはちみつの炭素同位体比,図2 バングラデシュ産およびバングラデシュ産以外のはちみつから抽出したタンパク質の炭素および窒素同位体比,図3 バングラデシュ産はちみつから抽出したタンパク質の炭素同位体比(左)および窒素同位体比(右)による蜜源間の比較

その他

  • 予算区分 : 交付金
  • 研究期間 : 2020~2023年度
  • 研究担当者 : 鈴木彌生子、Mst. Afifa Khatun(BAEC)、吉村順也(日獣)、吉田充(日獣)、Simon D. Kelly(IAEA)、M. Kamruzzaman Munshi(BAEC)、Roksana Huque(BAEC)
  • 発表論文等 : Khatun MA. et al. (2024) Food Chem. 435:137612