DNAの断片化を指標とした食品異物の混入時期推定

要約

DNAが熱で分解する性質を利用し、食品に混入した昆虫(クロゴキブリ)の加熱履歴を、リアルタイムPCRを用いて定量的に評価することができる。この加熱履歴の分析結果をもとに、食品中の異物が、製造から消費までのどの段階で混入したのかを推定できる。

  • キーワード : 異物混入、加熱履歴、昆虫、ゴキブリ、断片化
  • 担当 : 食品研究部門・食品加工・素材研究領域・バイオ素材開発グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 普及成果情報

背景・ねらい

食品製造の現場では、商品に異物が混入しないよう細心の注意が払われているが、混入をゼロにすることは極めて困難である。異物が混入した場合には、科学的な分析結果にもとづいて、異物がいつどこで混入したかを明らかにし、製造工程で混入した場合には、改善策を講じる必要がある。ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)が普及した現代社会では、異物混入に関する情報を消費者が簡単に発信できるようになり、以前に比べて異物混入による社会的・経済的損失が生じやすい傾向にある。消費者による SNS の投稿が発端となり、製品の大規模な回収につながった例も知られている。このように異物混入が食品産業界にとって大きな課題となっている社会情勢を踏まえ、異物が混入した時期の推定に役立つ、異物の加熱履歴の評価方法を開発する。これまで、昆虫の加熱履歴を評価する方法として、昆虫の細胞に含まれるカタラーゼという酵素の働きを確認する方法が一般的に用いられてきたが、この方法は微生物の影響で誤判定が生じやすく、加熱の程度の定量評価が難しいという課題が残されている。こうした技術的課題を克服するため、DNAの断片化という新たな指標にもとづいた加熱履歴の評価方法を開発する。

成果の内容・特徴

  • 生物の細胞に含まれる DNA は加熱や加圧等によって徐々に分解される。農研機構がこれまでに開発している独自の分析技術「FRED法」は、このDNA の分解の程度を増幅長の異なる複数のリアルタイム PCRを利用して定量的に測定する方法である。増幅長の短いリアルタイム PCR が DNA の分解の影響を受けにくい一方で、増幅長の長いリアルタイム PCR は、DNA の分解の影響で増幅効率が大きく低下することから、増幅長の短いリアルタイム PCR と増幅長の長いリアルタイム PCR の差を調べることで、DNA の分解の程度を定量的に測定することができる(図1)。
  • 新たに開発した FRED 法は、加工食品への混入報告が多く、消費者にとって印象の悪いクロゴキブリを対象としたものである(図 2)。この分析法により、異物として発見されたクロゴキブリの加熱履歴を定量的に評価することができる(図 3、4)。但し、現時点では、110°C以上の加熱のみ評価可能である。
  • 特定の生物種のみを検出するリアルタイムPCRでDNAの断片化を定量的に評価できるようにしたことで、カタラーゼ活性を測定する従来法に比べて信頼性の高い検査が可能である。
  • DNA はどんな昆虫にも含まれていることから、食品に混入する恐れのある様々な昆虫の分析にFRED 法を応用することが可能と考えられる。

普及のための参考情報

  • 普及対象 : 食品製造事業者、食品検査機関、公設試験所
  • 普及予定地域・普及予定面積・普及台数等 : 全国
  • その他 : 本研究成果をもとにした受託検査サービスが、2022年7月5日から株式会社ハウス食品分析テクノサービスによって開始されており、全国の食品製造事業者が利用することができる。

具体的データ

図1  FRED 法の概要,図2 分析対象となるクロゴキブリと分析の流れ,図3 開発した FRED 法による分析結果の例,図4 開発した分析法の定量性

その他

  • 予算区分 : 交付金
  • 研究期間 : 2017~2022年度
  • 研究担当者 : 真野潤一、門田陽子(ハウス食品分析テクノサービス)
  • 発表論文等 :
    • 門田ら(2019)日本食品衛生学会第115回学術講演会要旨集p83
    • 真野ら、「生物の死亡時期の判定方法」特開 2020-162586(2020年10月8日)