麹菌を活用した新規カビ熟成チーズに形成される独自の成分プロファイル

要約

伝統技術を活かした新規カビ熟成チーズ「麹チーズ」について、既存製品に対する化学的独自性を実証する揮発性・水溶性成分プロファイルである。特徴に寄与した多数の香気・呈味成分を指標とすることにより、麹チーズの風味特性の解明や製造条件の最適化に活用することができる。

  • キーワード : 発酵食品、ナチュラルチーズ、Aspergillus属麹菌、メタボローム解析
  • 担当 : 食品研究部門・食品加工・素材研究領域・バイオ素材開発グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

日本を代表する"和食"に深く関与する麹菌の用途拡大と、国際競争力のある国産オリジナルチーズ製造を目指し、新規タイプのカビ熟成チーズ「麹チーズ」を開発した(2021月6月から先行製品が販売中)。麹チーズには既存のカビ熟成チーズとは異なる独特な風味がある。しかし、カマンベールチーズなど既存のカビ熟成チーズや、その製造に用いられる熟成用カビスターターとの間に、どのような化学的特徴差があるのかは明らかとなっていない。麹チーズを特徴づける含有成分の知見は、既存製品との明確な差別化や、麹チーズならではの利点を伸ばす熟成条件の最適化など、今後の普及事業において非常に重要である。そこで本研究では、非標的で包括的な含有成分分析を行うメタボローム解析を適用し、麹チーズを特徴づける水溶性および揮発性成分を網羅的に解析することを目的とする。代表的なAspergillus属麹菌(醤油用、味噌用など) の5菌株を使用して熟成チーズを製造し、核磁気共鳴法およびガスクロマトグラフィー質量分析法による分析に供し、既存のカビ熟成チーズ製品およびチーズ用カビスターターとの比較を実施する。

成果の内容・特徴

  • 麹チーズのメタボローム解析により検出されたのは、41の水溶性成分と48の揮発性成分である。それらのほとんどはナチュラルチーズの含有成分として検出例があり、麹チーズの成分プロファイルも同様の主要成分によって構成されていることが分かる。
  • 麹チーズの成分プロファイルについて、既存のカビ熟成チーズ(カマンベール・ブリー・ブルーチーズ)との比較を行ったところ、それらのいずれとも一致しないグループを形成することが認められる(図1)。主に、アミノ酸の豊富さおよび直鎖脂肪酸やメチルケトンの少なさがその独自性に寄与している。
  • 麹菌5菌株の間にも呈味・香気成分プロファイルの明確な差異が認められる(図2)。これは、麹菌の選択によって異なる風味特性をもつ麹チーズを製造できることを示す。本研究で特にチーズ熟成に優れるスターター候補株として選抜されたのは、脂肪酸に関連する臭気成分が少ないC株と、アミノ酸蓄積の豊富な2041株である。
  • カマンベールチーズ熟成用カビスターターであるPenicillium candidumによる熟成チーズと比較した場合、上記2菌株を用いた麹チーズには34成分に有意差が認められる。概要として、選抜した2菌株のチーズはプロテアーゼ活性の上昇が速く、旨味成分であるグルタミン酸やアスパラギン酸の蓄積が急速である(15日後にP. candidumの約3倍)。また、2菌株のチーズは30日後までP. candidumより低いリパーゼ活性が維持されることで、ランシッド臭やブルーチーズ臭をもつ直鎖脂肪酸やメチルケトンの生成を抑制することができる(図3)。

成果の活用面・留意点

  • 本成果により実証されたように、麹チーズは既存のカビ熟成チーズとは異なる化学的特性を有していることが明らかであり、その独特の風味にも関与していることが強く示唆される。
  • 麹菌を用いてチーズを熟成することにより、旨味成分が豊富であり、熟成チーズ特有の臭気成分が少ないことを全体的な特徴とする、ユニークな熟成チーズ製品を製造することができる。
  • 菌株間に認められた成分組成の特徴差を指標として適切な麹菌株を選択することにより、製造者の希望に応じた風味をデザインすることができる可能性がある。
  • 各麹菌の用途と成分プロファイルとの間には関連性が認められ、清酒用・焼酎用など各種の麹菌から新たな特徴を示す菌株が見出される可能性がある。

具体的データ

図1 主成分分析による既存チーズ21製品との比較,図2 異なる麹菌株により生じる成分組成の特徴差,図3 チーズ熟成過程における麹菌とカマンベールチーズ用カビスターターの特徴差の概要

その他

  • 予算区分 : 交付金、農林水産省(革新的技術開発・緊急展開事業:経営体強化プロジェクト)、日本中央競馬会(畜産振興事業)
  • 研究期間 : 2018~2022年度
  • 研究担当者 : 冨田理、林田空、萩達朗、小林美穂、鈴木聡、野村将、楠本憲一(大阪大学)、荒川洋亮(蔵王酪農センター)、山下秀行(樋口松之助商店)、三浦孝之(日本獣医生命科学大学)、佐藤薫(日本獣医生命科学大学)
  • 発表論文等 :
    • Tomita S. et al., (2022) Food. Res. Int. 158:111535
    • Hagi T. et al., (2022) J. Dairy. Sci. 105(6):4868-4881
    • Suzuki S. et al.,(2021)Food. Sci. Technol. Res. 27(3):543-549
    • 佐藤ら「麹菌による熟成チーズおよびその製造法」特開2021-129536(2021年9月9日)