渋味を検知する蛍光分子型味センサ

要約

蛍光分子型味センサは、それを食品試料に添加した際に生じる蛍光強度の変化によって味強度の評価を可能にする。この蛍光強度は一般的な蛍光分光光度計によって測定することができる。緑茶の渋味評価への本法の適用例は、分子型味センサ技術の有用性を示している。

  • キーワード : 味センサ、蛍光、渋味、複合体、カテキン類
  • 担当 : 食品研究部門・食品流通・安全研究領域・分析評価グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

味は食品の特性を決定づける重要な要素である。スマートフードチェーンの確立を目指して、味のビッグデータを構築するためには、大量の評価情報の取得と比較、取得時期が異なる評価情報の比較、異なった試験室間の評価情報の比較が可能となるデータが必要となる。味センサの利用はその解決方法の一つであるが、既存の技術には測定装置の汎用性とその供給の恒久性に問題があり、誰もが容易に味情報を取得し、それを提供できるようになるためには、より一般性の高い方法が望まれる。
そこで、本研究では、これらの問題を解決するために、渋味を例に蛍光物質を味センサ試薬として試料溶液に添加し蛍光強度の変化から味強度を評価する蛍光分子型味センサ技術を開発すると共に、その有用性を明らかにする。

成果の内容・特徴

  • 分子型渋味センサ1(図1)は試薬として試料溶液に添加して使用する。この分子1はpH 4.7のクエン酸緩衝液中で253 nmの励起光によって466 nmに最大強度をもつ蛍光発光を示す。
  • センサ分子1の蛍光強度は、試料溶液中の渋味物質と複合体を形成することによって変化する。この変化は一般的な蛍光分光光度計を用いて測定することができる。
  • センサ分子1のみを含む水溶液の蛍光強度を基準とする蛍光強度の変化量をその試料溶液の渋味強度と定義する。
  • センサ分子1は、相対的に渋味の強いカテキン類に対してより大きな応答を示す(図1)。
  • センサ分子1は、渋味の強いカテキン類と化学量論比1:1~1:4(センサ分子:カテキン分子)で複合体を形成する。一方、渋味の弱いカテキン類とは1:1~1:3の複合体にとどまる。渋味の強いカテキン類に対するセンサ分子1の大きな応答は、センサ分子1/カテキン複合体の逐次安定度定数(log K)の大きさに加え、1:4複合体の存在による大きな全安定度定数(β)に起因する(表1)。安定度定数は複合体形成反応の化学平衡定数であり、この値が大きいほど系内の複合体濃度が高くなる。
  • センサ分子1とカテキン類の複合体構造は、分子動力学法と密度汎関数法を用いた理論計算によって推定される(図2)。これらの複合体は、aromatic/aromatic、CH/π、OH/O、NH/O等の相互作用によって安定化されている。aromatic/aromatic相互作用は、低次の複合体(化学量論比1:1、1:2)ではカテキン分子とセンサ分子の間に直接的に働くが、高次の複合体(化学量論比1:3、1:4)においては3番目、4番目のカテキン分子と既にセンサ分子と結合している他のカテキン分子との間にも見られる。
  • センサ分子1を用いた緑茶の渋味強度評価値は、市販の味センサに基づく評価値と高い相関を持つ(相関係数0.92)(図3)。この市販のセンサによる緑茶浸出液の渋味強度評価値はヒトの感覚に基づく評価と高い相関を持つことが証明されている(Hayashi N. et al. (2006) Biosci. Biotechnol. Biochem. 70: 626-631. 農研機構成果情報 (2006)
    https://www.naro.go.jp/project/results/laboratory/vegetea/2006/vegetea06-18.html)。
  • 本法の測定に要する試料量と時間は、市販の味センサを用いる方法の1/100以下である。

成果の活用面・留意点

  • 蛍光強度の測定は、pH 4.7のクエン酸緩衝液中で行う。
  • センサ分子1はカフェインに対しても応答するため、茶のようにカフェインを含む食品に適用する際にはカフェインをクロロホルムによって抽出除去する前処理が必要である。クロロホルムを使用する際は、安全データシート等を参照し、注意深く取り扱う必要がある。
  • センサ分子1はカテキン類以外の渋味物質に対しても有効である可能性がある。しかし、現時点では渋味物質に対する応答性を網羅的に解明していないため、適用する場合には評価対象となる食品に関してセンサ応答とヒトの感覚との相関を確認する必要がある。可能ならば、それらの食品に含まれる各渋味成分のセンサ応答性を明らかにすることが望ましい。

具体的データ

図1 カテキン類(EGCg、ECg、GCg、Cg、EGC、EC、GC、C)に対する蛍光分子型渋味センサ1の応答(三回繰り返し測定の平均値と標準偏差(エラーバー)),表1 センサ分子1/カテキン複合体の全安定度定数(β)と逐次安定度定数(log K),図2 M06-2X/6-31G(d)の理論レベルで計算されたセンサ分子1/カテキン複合体構造,図3 分子型センサ1と市販の味センサによる緑茶浸出液の渋味強度評価値の関係

その他

  • 予算区分 : 交付金、文部科学省(科研費)
  • 研究期間 : 2017~2022年度
  • 研究担当者 : 林宣之、氏原ともみ
  • 発表論文等 :
    • Hayashi N. et al. (2022) Analyst 147:4480-4488
    • 林、氏原「味の検出方法、味物質検出剤、味物質検出剤複合体及び検出装置」特開2021-103124(2021年7月15日)