ポリオールオイルを発酵生産する酵母の全ゲノム解析

要約

糖脂質新素材ポリオールオイルを発酵生産する酵母をこれまでに見出している。今後、ゲノム編集技術を用いてこの酵母を改良することで、ポリオールオイルの生産性向上が期待できる。ポリオールオイル生産酵母の全ゲノム情報を明らかにし、ゲノム編集のための研究基盤を構築する。

  • キーワード : 発酵、酵母、ゲノム、糖脂質、ポリオールオイル
  • 担当 : 食品研究部門・食品加工・素材研究領域・バイオ素材開発グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

菌体外に油脂を分泌生産する微生物を探索し、Rhodotorula属酵母に分類される BS15株を自然界から見出している。BS15株はポリオールオイル(長鎖脂肪酸と部分的にアセチル化されたポリオールのエステル)を効率的に生産することができる。将来的に、このBS15株をゲノム編集技術で改良することでポリオールオイルの生産性向上が期待できる。本研究ではゲノム編集の研究基盤を構築するため、BS15株の全ゲノム情報を明らかにする。

成果の内容・特徴

  • BS15株をフラスコで12日間培養すると、培養液1Lあたり菌体が103g、ポリオールオイルが110g生産される(図1)。高密度で生産できることから、実用性の高いプロセスといえる。
  • 微生物を用いた発酵生産プロセスは、生産物が培養液に低濃度で溶解するため、生産物の回収に多大なコストを要する場合が多い。一方、ポリオールオイルは疎水性物質であるため、酵母細胞から分泌された後、培養液の底面に層を形成する。生産物の分離回収が極めて容易であることから(図1)、製造コストの面で他の化学物質の発酵生産プロセスに対し優位性がある。
  • イルミナ社のHiSeq及びオクスフォードナノポア社のPromethIONという原理の異なる2種類の高速シーケンサーを組み合わせることで、信頼性の高いゲノム情報を得ることができる。BS15株のゲノムDNAをこれらのシーケンサーで解析したところ、19個のコンティグ(解析で得られた一続きの塩基配列)からなる全長が22.5Mbの塩基配列が得られ、7735個の遺伝子が推定される(表1、図2)。
  • 一般的に、酵母のゲノムは多数の線状染色体に分かれており、その末端にテロメアと呼ばれる繰り返し配列が存在する。得られた19個のコンティグの末端の多くでテロメア様配列が確認されたことから、ほぼ完全長のゲノム配列が得られたと考えられる。
  • ゲノム配列及び推定遺伝子の情報は国際的な公的塩基配列データベースであるGenBankにおいてアクセッション番号BQKY01000001-BQKY01000019として公表する。

成果の活用面・留意点

  • 農研機構によるポリオールオイルの発見後、ポリオールオイルは真菌類が生産する主要なバイオ糖脂質の1つとして注目を集めている。バイオ糖脂質は、近年、事業化や製造設備への投資が積極的に行われており、バイオ糖脂質の新素材としての普及が期待される。特に、ポリオールオイルは、その化学構造・物理的性質から、化粧品や洗剤、潤滑油、ポリマー原料としての応用が期待できる。
  • パリ協定による温室効果ガス排出抑制の目標達成に向けて、石油化学製品からバイオ製品への転換が求められている。ポリオールオイルが石油化学製品を代替することで温室効果ガスの排出削減に貢献することができる。
  • 将来的には、食品工場で排出されるシロップ廃液や未利用バイオマスの糖化液を原料とする資源循環型のポリオールオイル生産プロセス構築が期待される。

具体的データ

図1 ポリオールオイル生産の様子(左)とポリオールオイルの主要成分の化学構造(右),表1 ポリオールオイル生産酵母BS15株の全ゲノム解析の結果,図2 ポリオールオイル生産酵母BS15株のゲノム構造(Tはテロメア様配列を示す)

その他

  • 予算区分 : 交付金、文部科学省(科研費)
  • 研究期間 : 2016~2023年度
  • 研究担当者 : 真野潤一、須志田浩稔、田中剛、内藤健、小野裕嗣、池正和、徳安健、北岡本光
  • 発表論文等 :
    • 真野ら「微生物を用いたポリオールエステルの製造方法」特許第6774094(2016年11月21日)
    • Mano J. et al. (2023) Appl. Microbiol. Biotechnol. 107:6799-6809
    • National Center for Biotechnology Information (2023)「GenBank」https://www.ncbi.nlm.nih.gov/、BQKY01000001-BQKY01000019