水稲幼穂発育ステージを定量的に記述する新指標Floral Stage (FS) と幼穂発育予測モデル

要約

FSは、ステージの進行が日数に対して直線的になるようにスケーリングされている。そのため、FSによって幼穂発育ステージを定量的に扱えるとともに、FSと既存の発育予測モデルを活用し、気象情報から詳細な幼穂発育ステージを推定することのできる新たな予測モデルを構築できる。

  • キーワード:水稲、幼穂、発育指標、幼穂発育ステージ、作物生育モデル
  • 担当:農業環境研究部門・気候変動適応策研究領域・気象・作物モデルグループ
  • 代表連絡先:
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

水稲栽培では、施肥、水管理、病虫害防除などの管理適期を知るために、幼穂発育ステージの把握は極めて重要である。そのため、多くの研究者によって複数の幼穂発育ステージの指標が提案されている。しかしながら、それらは順位尺度であり定量的な扱いに向いていない。また、研究者によって使用する幼穂発育ステージの指標が異なることが、データの相互比較やビッグデータ化の障害になっている。一方、正確に幼穂発育ステージを調査するには、幼穂が葉鞘内で発達するため、顕微鏡もしくは肉眼での慎重な解剖と観察が必要となる。破壊調査を行わずに幼穂発育ステージを推定する方法として気象情報を用いた発育予測モデルの活用があるが、既存の発育モデルの多くが出穂期の観察データに基づいているため、詳細な幼穂発育ステージを正確に推定することは難しい。そこで、定量的な扱いに優れ、発育予測モデルとの親和性の高い水稲幼穂発育ステージの新指標を開発するとともに、複数の既存の幼穂発育ステージ指標を相互変換するための比較表を作成する。また、開発する新指標を利用して、新たな詳細幼穂発育ステージ予測モデルを導く。

成果の内容・特徴

  • 水稲幼穂発育ステージの新指標Floral Stage(FS)では、幼穂分化から出穂までを14ステージに区分し、それぞれに0~10の間の実数を割り当てる。具体的には、穎花原基分化前期までは0.5刻み、その後は1刻みとしている。FSのステージ進行が幼穂分化後日数に対して直線的になるように、ステージの区切り方が工夫されている。単位FSの進行に必要な日数がほぼ一定であるため、FSは間隔尺度とみなせる。この特徴から、FSは、幼穂発育ステージの定量的記述、統計解析、モデル解析などに適する(表1)。
  • 表1と図1に示した形態学的基準、幼穂長、外部形態情報をもとに幼穂発育ステージが判別できる。FS0-FS3は幼穂の形態もしくは幼穂長、FS4-FS8は幼穂長、FS8-FS9は葉耳間長、FS10は出穂の観察や調査によって決定する。FSを利用することによって、実体顕微鏡と定規等の簡単な用具のみで幼穂発育ステージの同定が可能である。
  • 表1を用いることによって、FSと既存の幼穂発育ステージ指標を比較し、相互変換することが可能になる。
  • FSの幼穂分化後日数に対する比例係数は品種や環境により異なる(図2A)。それに対し、幼穂分化期を0、出穂期を1と定義した発育予測モデルのDVS(Developmental Stage)値とFSとの関係は品種や環境によらず一定の関係にあり(図2B)、FS=10×DVSという極めて単純な関係式で相互変換できる。この関係を用いると、気温と日長のみの経過からFS、すなわち幼穂発育ステージを予測することが可能である。

成果の活用面・留意点

  • 本指標は、日本の主要な水稲品種を用いた成果であり、飼料用品種やインディカ等の穂の大きさが著しく異なる品種に対しては、今後の検証が必要である。
  • FSとDVSの関係式は、「きらら397」、「コシヒカリ」、「ミズホ」の3品種のデータから構築しているが、幼穂分化期と出穂期のDVS値が0および1に固定されているので、他の品種でも成立する可能性が高い。また、この関係式を用いることによって、幼穂発育ステージの観察情報を同化することによる、出穂期予測モデルの精度向上アルゴリズムへの応用が期待できる。
  • FSは、数量的な扱いに優れるだけでなく、栽培現場での実用性を考慮した判別基準を採用していることから、適期管理の栽培指導などに活用可能である。

具体的データ

表1 水稲の新規幼穂発育ステージ指標(Floral stage; FS)の詳細と既存の指標との比較,図1 Floral Stage (FS) 前半の幼穂の形態の変化,図2 FSと幼穂分化後日数の関係(A)とDVS(Developmental Stage)の関係(B)

その他

  • 予算区分:交付金、その他外部資金(SIP「(1)農業のスマート化を実現する革新的な生産システム ①高品質・省力化を同時に達成するシステム」「情報・通信・制御の連携機能を活用した農作業システムの自動化・知能化による省力・高品質生産技術の開発」)、CREST:JPMJCR17O3)
  • 研究期間:2016~2019年度
  • 研究担当者:伏見栄利奈、吉田ひろえ、矢部志央理、伊川浩樹、中川博視
  • 発表論文等:Fushimi E. et al. (2021) Agron. J. 113:5040-5053