乾物生産と窒素蓄積に基づいたダイズの生育・収量予測モデル

要約

土壌の無機態窒素量と窒素固定速度からダイズへの窒素供給量を算出し、乾物生産量と窒素蓄積量とのバランスに基づいてダイズの生育・収量を推定するモデルである。国内ダイズ品種および水田転換畑に適用可能であり、作期の設定や収量変動の解析に役立つ。

  • キーワード:、乾物生産、窒素無機化、作物生育モデル、水田転換畑、ダイズ
  • 担当:農業環境研究部門・気候変動適応策研究領域・気象・作物モデルグループ
  • 代表連絡先:
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

日本のダイズ作は収量の低迷と年次変動の増大が問題となっており、その要因の解明や対策技術の開発には、作物の生育・収量および環境条件の影響を定量的に評価可能な作物生育モデルの利用が有効である。作物の収量は生育期間に受ける日射量により規定されるが、ダイズは子実に多量の窒素を蓄積するため、その収量は利用可能な窒素量によっても制限される。ダイズが必要とする窒素量の半分以上は窒素固定により供給され、残りの窒素量の大部分は土壌窒素から賄われる。このように、ダイズの生育・収量は日射エネルギーによる乾物生産と窒素固定および土壌窒素に由来する窒素蓄積とのバランスによって決定されるが、日本のダイズ作について、これらを定量的に評価可能な作物生育モデルは開発されていない。そこで本研究では、乾物生産と窒素蓄積に基づいたダイズの生育・収量予測モデルを開発する。

成果の内容・特徴

  • 本モデルでは、既存の発育予測モデルと葉面積生長モデルを用いて群落の受光日射量を算出し、その値に日射利用効率を乗じて日々の乾物生産量を計算する。茎・莢ガラおよび葉・葉柄の乾物増加量は乾物重の器官構成比を用いて算出し、子実の乾物増加量は収穫指数を用いて算出する。そして、これら乾物増加量に窒素濃度を乗じて各器官の窒素要求量を計算する。次に、地上部乾物重との比例関係を用いて窒素固定速度を算出し、土壌窒素の無機化反応モデルを用いて土壌からの窒素供給量を推定する。そして、ダイズの窒素要求量と窒素固定および土壌からの窒素供給量とのバランスによりダイズの窒素蓄積量を算出し、最終的な乾物増加量を決定する(図1)。
  • 本モデルはモデル作成に利用していないテストデータにおいて、ダイズ品種「エンレイ」の地上部全乾物重と地上部窒素蓄積量の推移を推定可能である。さらに、窒素固定の有無を考慮することにより、根粒が着生しない系統「En1282」の生育の推移も推定可能であり、窒素供給量の不足がダイズの生育に及ぼす影響も適切に考慮可能なモデルである。一方、収穫期のエンレイには過大評価がみられるが、これは本モデルでは考慮していない湿害等の影響と推察される。なお、収穫期前に地上部全乾物重のモデル推定値が急激に減少するのは、モデル計算における落葉発生のタイミングのためである(図2)。
  • ダイズ品種「エンレイ」に加えて、「フクユタカ」、「リュウホウ」の地上部全乾物重、窒素蓄積量、子実乾物重も推定可能である。ただし、子実乾物重については、本モデルでは考慮されていない湿害等の影響によりモデル推定値の一部に過大評価がみられる。一方、過小評価した点の要因は不明であり、さらなる検討が必要である(図3)。
  • 本モデルは「栽培管理支援システム」における大豆作付計画支援コンテンツに実装されており、任意の地点、作期におけるダイズの生育・収量の予測情報を取得することが可能である。さらに、Pythonで実装されたアプリケーション「ダイズ生育シミュレーター」も開発されており、複数年次の気象データを用いた生育・収量のシミュレーションが実施可能である(図4)。

成果の活用面・留意点

  • 任意の作期を設定することが可能であるため、播種作業の遅れなど作期が変化した場合の減収程度の見積もりに活用できる。また、本モデルの出力は気象条件から見積もられるポテンシャル収量の目安として活用することができる。
  • 土壌水分や病虫害などによる減収は考慮されていないため、これらの影響が大きい条件下での適用には注意が必要である。
  • 土壌窒素の無機化反応モデルはつくばの水田転換畑で取得されたパラメータ値を使用しており、他の地点に適用する場合にはその土壌に合わせたパラメータ値を設定することが望ましい。

具体的データ

図1 生育・収量予測モデルの概要,図2 地上部全乾物重および地上部窒素蓄積量の実測値とモデル推定値の推移,図3 地上部全乾物重、地上部窒素蓄積量、子実乾物重の実測値とモデル推定値との比較,図4 栽培管理支援システム(左図)およびダイズ生育シミュレーター(右図)でのダイズ子実乾物重の計算例

その他

  • 予算区分:交付金、文部科学省(科研費20H03110)、その他外部資金(SIP)
  • 研究期間:2013~2021年度
  • 研究担当者:中野聡史、白岩立彦(京都大学)、本間香貴(東北大学)
  • 発表論文等:
    • Nakano S. et al. (2021) Plant Prod. Sci. 24:440-453
    • 中野(2021)北海道の農業気象、73:13-20
    • 中野(2021)職務作成プログラム「ダイズ生育シミュレーター」、機構-X25