アルコール脱水素酵素OsADH2の機能欠損によるイネのヒ素低減に関する新たな仕組み

要約

アルコール脱水素酵素であるOsADH2が機能欠損したイネ変異体は、野生型イネに比べて、玄米ヒ素濃度が30%、稲わらヒ素濃度が70%低下する。この著しい低下は、OsADH2の機能欠損が根のケイ酸トランスポーターを介したヒ素吸収を抑制するという、新たな仕組みによってもたらされる。

  • キーワード:ヒ素、イネ変異体、アルコール脱水素酵素、ケイ酸トランスポーター、DNAマーカー
  • 担当:農業環境研究部門・化学物質リスク研究領域・無機化学物質グループ
  • 代表連絡先:
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

環境中に広く分布するヒ素は有毒性が高く、微量であっても飲料水や食品などを通して長期間摂取すると、皮膚がんや心血管疾患、糖尿病などの生活習慣病の発症を高めることが知られている。特にコメは食品の中で毒性の高い無機ヒ素の主要な摂取源である。コメ中のヒ素濃度を減らすためには、イネによるヒ素吸収の仕組みを分子レベルで解明し、ヒ素低吸収品種の育成を目指す必要がある。
そこで、本研究では水稲品種「コシヒカリ」の変異体集団から選抜した低ヒ素変異体las3を材料に、ヒ素の低減に関与する遺伝子を特定するとともにその仕組みを解明し、玄米中ヒ素濃度の低い品種の開発に有益な情報を与える。

成果の内容・特徴

  • 低ヒ素「コシヒカリ」変異体las3を農業環境研究部門の試験圃場(灰色低地土、1M塩酸抽出のヒ素濃度:1.4 mg kg-1)において常時湛水栽培した場合、同じ条件で栽培した「コシヒカリ」に比べ、玄米ヒ素濃度は約30%、稲わらヒ素濃度は約70%減少する(図1)。
  • las3は、イネに存在する複数のアルコール脱水素酵素(OsADH)のうち、OsADH2が機能欠損した変異体である。嫌気条件下においてイネは、解糖系を介してグルコースからピルビン酸を生成し、ADH群を触媒にアルコール発酵による嫌気呼吸を行うことで、低酸素環境を生き延びる。
  • las3のヒ素低減は、以下のような仕組みによって説明できる(図2)。まず、OsADH2の機能欠損により、アルコール発酵から乳酸発酵に一部シフトすることで、las3の根の乳酸濃度はやや高まる。続いて、カルボン酸である乳酸の根細胞内への蓄積は、根細胞内pHを低下させる。そして、細胞内の酸性化は、ケイ酸トランスポーター遺伝子であるLsi1Lsi2の発現を低下させる。この結果、las3では、Lsi1Lsi2の大幅な発現レベル低下により、ケイ酸トランスポーターを介した亜ヒ酸の吸収が抑制され、稲わらや玄米のヒ素濃度が低下する。これはイネのヒ素低減における新たな仕組みの発見である。

成果の活用面・留意点

  • las3が持つ変異型のOsADH2を検出するDNAマーカーを作出したので、「コシヒカリ」以外の水稲品種に導入し、新たなヒ素低吸収品種を育成することが可能である。
  • ヒ素低減に有用な落水管理との組み合わせにより、さらにコメ中のヒ素が低減する可能性がある。
  • las3は「コシヒカリ」に比べて、玄米収量が10%程度劣る。「コシヒカリ」への戻し交配を通して、収量低下がOsADH2に生じた変異によるものかどうか、今後確認する必要がある。
  • las3Lsi1Lsi2の発現低下により、ケイ酸の吸収も抑制される。

具体的データ

図1 「コシヒカリ」(WT)と低ヒ素変異体las3の玄米と稲わらのヒ素濃度比較,図2 低ヒ素変異体las3におけるヒ素低減の仕組み(左図)と出穂期における根の乳酸、細胞内pH、ケイ酸トランスポーター遺伝子発現の比較(右図の結果、WTは「コシヒカリ」)

その他

  • 予算区分:交付金(解析支援)、農林水産省(技術でつなぐバリューチェーン構築のための研究開発のうち「強み」を生み出すための品種等の開発:イネのDNAマーカー育種の利用推進)、文部科学省(科研費)
  • 研究期間:2014~2020年度
  • 研究担当者:石川覚、林晋平、倉俣正人、安部匡、山口紀子、高木宏樹(石川県立大)、谷川八大、飯野真心、杉本和彦
  • 発表論文等:Hayashi S. et al. (2021) Plant Physiol. 186:611-623