水稲の高温不稔リスクは、高温・湿潤な気候で高いことを国際的な水田観測網で実証

要約

開花時間帯の水稲の穂の温度(穂温)を指標とすることで、様々な気候下の水田における高温不稔を統一的に評価できる。蒸散に伴う気化冷却効果が小さい高温で湿潤な気候の地域では、穂温が高くなりやすいため、高温不稔リスクが高いと推定される。

  • キーワード : 水稲、高温不稔、穂温、気化冷却、温暖化適応策
  • 担当 : 農業環境研究部門・気候変動適応策研究領域・作物影響評価・適応グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

コメは世界人口の約半数が主食とし、様々な気候帯で水稲栽培が行われているが、温暖化の進行に伴い高温障害による減収が懸念されている。特に、開花期高温不稔は、開花時に穎花が高温に曝されることにより受粉が阻害されて不稔になる障害で、これまで一部の熱帯地域や中国の長江流域などで被害が報告されているものの、高温不稔の実態を広範に解析した事例はない。本研究ではアジア・アフリカ・アメリカの11の国と地域にわたる国際的な水田微気象観測ネットワーク(MINCERnet)で、共通の測器(MINCER)を用いて群落内外の微気象観測を行うとともに、高温不稔発生の実態を把握し、開花時間帯の穂温を指標とすることで高温不稔を統一的に評価できることを明らかにする。本評価手法により世界の高温不稔の予測精度を向上させ、また高温不稔に対して適切な対策を講じることが可能となる。

成果の内容・特徴

  • 国際的な水田微気象観測ネットワーク(MINCERnet、図1)は、多様な気候を含む11の国と地域(セネガル、ガーナ、ベナン、インド、スリランカ、ミャンマー、フィリピン、中国、台湾、日本、アメリカ合衆国)にわたり、供試した共通品種は、高温不稔にやや弱い標準品種「IR64」と高温不稔に強い耐性品種「N22」である。
  • 各観測水田での開花時間帯の群落内外の気温と穂温(モデル推定値)の分布を比べると(図2)、水稲が直接感受する群落内の気温や穂温は、群落上の気温とは異なる。特に、乾燥した気候のセネガルの観測地点では、群落や穂の蒸散が盛んに行われることによる気化冷却効果が大きく、穂温は群落上の気温よりも低くなる一方、湿潤な気候のベナン、中国、台湾、アメリカ合衆国等の各観測地点では、群落や穂の蒸散が抑制され冷却効果が小さいために、むしろ穂温の方が群落上の気温より高くなる。この結果、群落上の気温が高い地域と穂温が高い地域とは、必ずしも一致しない。
  • 開花時間帯の気温・穂温と不稔率との関係を調べると(図3)、群落上の気温を指標とした場合は不稔率との相関は認められず、穂温を指標とした場合にのみ相関が認められる。開花時間帯の穂温を指標とすることで、様々な気候条件下でも高温不稔を統一的に評価でき、その品種間比較も可能である。
  • 開花時間帯の穂温を指標として各観測地点の不稔率の分布範囲を算定すると(図4a)、酷暑でも乾燥した気候(セネガル)では高温不稔リスクが低く、高温で湿潤な気候(ベナン、フィリピン、中国等)で高温不稔リスクが高いと推定される。また高温不稔耐性品種「N22」を導入すると(図4b)、現在の気候条件ではすべての観測地点で不稔リスクを低く抑えられると推定される。

成果の活用面・留意点

  • 開花時間帯の穂温を指標とした評価手法により、現在の高温不稔の発生リスクが高い地域を特定できるだけでなく、将来のコメ収量の予測精度の向上や、高温不稔耐性品種等の温暖化適応策の有効性の定量評価が可能となる。
  • 本研究成果は水稲品種「IR64」と「N22」を供試した結果であり、他の品種では高温不稔誘発の穂温の閾値や応答曲線が異なる可能性がある。

具体的データ

図1 国際的な水田微気象観測ネットワーク(MINCERnet),図2 全観測地点で解析対象とした年の開花期7日間の開花時間帯の気温・穂温の分布,図3 不稔率と開花期7日間の開花時間帯の平均温度との関係,図4 (a)標準品種「IR64」と(b)高温不稔耐性品種「N22」の高温不稔リスク分布

その他

  • 予算区分 : 交付金、文部科学省(科研費)、その他外部資金(環境省地球環境保全等試験研究費)
  • 研究期間 : 2015~2022年度
  • 研究担当者 : 吉本真由美、福岡峰彦、長谷川利拡、辻本泰弘(国際農研)、松井勤(岐阜大)、小林和広(島根大)、Kazuki Saito(Africa Rice Center, Cote d'Ivoire)、Pepijn A.J. van Oort(Wageningen Plant Research, the Netherlands)、Baba I.Y. Inusah(Savanna Agricultural Research Institute, Ghana)、Chenniappan Vijayalakshmi(Tamil Nadu Agricultural University, India)、Dhashnamurthi Vijayalakshmi(Tamil Nadu Agricultural University, India)、W.M.W. Weerakoon(Department of Agriculture, Sri Lanka)、L.C. Silva(Rice Research and Development Institute, Sri Lanka)、Tin Tin Myint(Department of Agricultural Research, Myanmar)、Zar Chi Phyo(Department of Agricultural Research, Myanmar)、Xiaohai Tian(Yangtze University, China)、Huu-Sheng Lur(National Taiwan University, Taiwan)、Chwen-Ming Yang(Taiwan Agricultural Research Institute, Taiwan)、Lee Tarpley(Texas A&M AgriLife Research, USA)、Norvie L. Manigbas(Philippine Rice Research Institute, the Philippines)
  • 発表論文等 : Yoshimoto M. et al. (2022) Agric. For. Meteorol. 316:108860