複雑地形における冷気流を考慮した日最低気温の時空間分布の推定

要約

冷気の溜まりやすさを表す指標である累積流量と放射冷却の強さを表す指標の温位勾配を用いて、複雑地形農地の日最低気温を評価する手法である。任意の地点および日付において5 mの空間解像度で日最低気温を評価でき、植物のフェノロジーの推定や凍霜害リスクの評価に応用可能である。

  • キーワード : メッシュ農業気象データ、数値標高モデル、逆転層、丘陵地、チャ
  • 担当 : 農業環境研究部門・気候変動適応策研究領域・気象・作物モデルグループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

複雑地形の農地においては、夜間の放射冷却に伴う冷気流の影響で数mから数十mのスケールで日最低気温が大きく異なる。そのため、数kmから数十kmのスケールで得られる気象観測点やメッシュ気象データの最低気温と実際の最低気温に大きな差が生じ、植物のフェノロジーや凍霜害のリスクを推定する際に問題となる。この差を正確に補正するためには、冷気流の複雑な熱輸送プロセスを考慮した大規模な数値計算が必要となる。しかしながら、この手法は、物理モデルの複雑性や大きな計算コストに加え、様々な農地に適用するためにはその都度補正を行う必要があることから、実用的とは言い難い。そこで、本研究では冷気の溜まりやすさを表す指標である累積流量を用いたモデルを改良し、合理的かつ実用性も兼ね備えた日最低気温の補正手法を構築する。

成果の内容・特徴

  • 本手法では、累積流量は、5 m空間解像度の標高データにおける尾根部から谷部にかけての地形の勾配方向をそれぞれ累積していくことで計算され、各地点に流入した冷気が定量化できる(図1)。本手法では、既存の手法で決定されていた累積流量の有効範囲を見直すことで、冷気流のプロセスをより忠実に再現できる(図1)。
  • 累積流量は最低気温の空間的な変動を表す指標であり、時間的に変動する放射冷却の強さは表現できない。そこで、放射冷却の強さを表す温位勾配(地表面付近と数m上方における温位の差:温位は気温と気圧から計算)を組み込むことで、任意の地点と任意の日において日最低気温が推定可能となる。
  • 実際の複雑地形において観測された気温データに基づいて本手法を構築・検証したところ、谷部における日最低気温の実測値と推定値の残差の平均値が-0.03°Cとなり、メッシュ農業気象データのみでは再現することができなかった日最低気温(残差の平均が-1.9°C)を精度良く評価可能である(図2)。
  • 本手法を用いることで、メッシュ農業気象データ(空間解像度:1 km)のみを利用した場合と比べてより高い空間解像度(5 m)で日最低気温の空間分布を評価することが可能である(図2)。

成果の活用面・留意点

  • 本手法は、5 mという極めて高い空間解像度での日最低気温分布が得られるため、圃場単位の植物のフェノロジーの推定や凍霜害リスクの評価へ活用が期待される。
  • 本手法は、標高データと代表点で実測した温位勾配のデータのみで利用可能なため、実用的である.さらに、配信されている上方の温位データを利用できれば,地表面付近でのより簡易な気温計測のみから精度良く本手法が利用できる可能性がある。
  • 本手法の妥当性は、約10 km×7 kmの限られた範囲の複雑地形において検証されているため、地形条件が大きく異なる地点に本手法を適用する際は、推定精度が低下する可能性がある。

具体的データ

図1 累積流量の計算アルゴリズム,図2 日最低気温の空間分布

その他

  • 予算区分 : 交付金、文部科学省(科研費)
  • 研究期間 : 2020~2022年度
  • 研究担当者 : 木村建介、丸山篤志、佐々木華織、工藤健(埼玉県茶業研究所)、田中江里(埼玉県茶業研究所)、伏見栄利奈、中川博視
  • 発表論文等 : Kimura, K. et al. (2023). Agric. For. Meteorol. 329, 109247.
    doi: 10.1016/j.agrformet.2022.109247