要約
土壌微生物と生息環境との新たなデータ解析手法から、自然生態系では、土壌C:N比とC:P比の変動に対し、土壌微生物バイオマスC:N比とC:P比はほぼ一定(恒常性)の傾向にあるが、農業生態系では、C:P比が恒常性、C:N比が非恒常性(土壌C:N比との差分を調整)を示すことがわかる。
- キーワード : 土壌微生物バイオマス、生態化学量論、恒常性、非恒常性、農業生態系
- 担当 : 農業環境研究部門・土壌環境管理研究領域・土壌資源・管理グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
土壌微生物は、陸域生態系における炭素(C)、窒素(N)、リン(P)等の物質循環を駆動し、1次生産や環境負荷発生に強く関わっている。土壌微生物バイオマスの元素組成比(C:N比、C:P比等)と生息する土壌環境の元素組成比の関係を生態化学量論に基づいて解析すると、土壌微生物は、土壌環境の変化に対し、C:N比とC:P比のインバランスを維持(恒常性)または調整(非恒常性)することで適応している。しかし、こうした土壌微生物の生理・物質代謝プロセスの現場観測には制約があり、気候変動によるC、N、P等の物質循環への影響予測の不確実性要因となっている。異なる植生・生態系における物質循環のメカニズム解明とそのモデル化等を行う上で、C:N比とC:P比の恒常性・非恒常性を同時に定量的に評価することが重要である。
本研究では、土壌と土壌微生物バイオマスC:N比、C:P比の大規模データベースを作成し、新たなデータ解析手法を適用することにより、異なる植生・生態系における土壌微生物バイオマスC:N比、C:P比の恒常性・非恒常性の調整パターンの違いを明らかにする。
成果の内容・特徴
- 本研究では、国内外の80文献から収集した土壌と土壌微生物バイオマスC、N、P濃度とその組成比(C:N比、C:P比等)に関するデータを既存のデータベースに統合する(DOI:10.5281/zenodo.5803964、データ数4,363)。このデータベースには、土壌採取地点の気象条件、植生・生態系、土壌の種類、土壌特性値、などの情報も収録されている。
- 土壌C:N比とC:P比の変動に対する土壌微生物バイオマスC:N比とC:P比の恒常性・非恒常性の調整パターンは、計4通りに類型化できる(図1左)。これらを新たに考案したダイアグラム(図1右)上にプロットすることで、土壌微生物バイオマスC:N比とC:P比が共に恒常性を示す場合(パターン1)、同C:N比のみが恒常性を示す場合(パターン2)、同C:P比のみが恒常性を示す場合(パターン3)、同C:N比とC:P比が共に非恒常性を示す場合(パターン4)に区別することが出来る。また、このダイアグラムは、土壌C:N比に対する土壌微生物バイオマスC:N比と同C:P比が1以上かどうかにより、土壌の養分状態が異なる4つの領域に分けられる(図2)。
- 自然生態系では、土壌微生物バイオマスC:N比とC:P比が共に恒常性を示す(パターン1)が、農業生態系では、土壌微生物バイオマスC:P比のみが恒常性を示し(パターン3)、土壌微生物バイオマスC:N比は土壌C:N比との差分を調整するように変化する(図2)。
成果の活用面・留意点
- 本研究で構築した土壌と土壌微生物バイオマスC、N、P濃度と組成比に関するデータベース及びデータ解析により得られた知見は、様々な植生・生態系における土壌のC、N、P循環のメカニズム解明やそのモデル化等に活用できる。土壌と土壌微生物バイオマスの生態化学量論的関係から、農業生態系では、土壌養分の適切な管理を通じて環境負荷低減に役立つ可能性がある。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 交付金、農林水産省(イノベーション創出強化研究推進事業)
- 研究期間 : 2013~2022年度
- 研究担当者 : 朝田景、神田隆志(国際農研)、山下尚之(森林総研)、浅野真希(筑波大)、江口定夫
- 発表論文等 : Asada K. et al. (2022) Ecol. Model. 470:110018