日本の食飼料供給システム及び畜産業セクターにおける窒素利用効率(NUE)の長期変遷

要約

1975年以降の40年間、日本の畜産業の窒素利用効率(NUE)は向上したが、食飼料供給システム全体のNUEは低下し、その主因は食品加工業のNUE低下と畜産物の需要増大にある。畜産業NUEの更なる向上には、動物福祉をより重視した健康的な家畜飼養、飼料ロスの削減等が必要である。

  • キーワード : 物流データ、家畜の窒素排泄量原単位、食品加工業、飼料ロス、可食副生物、動物福祉
  • 担当 : 農業環境研究部門・土壌環境管理研究領域・土壌資源・管理グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

地球上の様々な人間活動に起因する窒素(N)負荷の大部分は、食料生産~消費システム(フードシステム)から環境中に排出されるN(Nロス)に由来し、硝酸態窒素による地下水・公共用水域の汚染、閉鎖性水域の富栄養化、一酸化二窒素による地球温暖化やオゾン層破壊等の一因となっている。日本では、畜産業セクターがフードシステム内で最大のNロス発生源であり、その大部分を占める家畜糞尿Nは、一般に、家畜のN排泄量原単位(一頭一日当りのN排泄量)を用いて推定される。しかし、この方法では、家畜飼養期間中に発生する飼料ロス(食べられるのに捨てられる飼料)や死廃体等によるNロスを算定することが出来ない。これに対して、物流データに基づく方法では、これらを算定することが可能である。ただし、家畜には、輸入・国産の飼料作物だけでなく、食品廃棄物・食品ロス由来のリサイクル飼料(エコフィード)等が畜産業セクター外から給与されるため、日本の食飼料供給システム全体の物流データとそれに基づくNフローを詳細に把握する必要がある。また、N負荷削減策を検討するには、食飼料供給システム全体及び畜産業セクターについての窒素利用効率(NUE)(=生産N/投入N)の長期変遷を算定し、その変動要因を明らかにする必要がある。
本研究では、家畜のN排泄量原単位は使用せず、物流データのみに基づき、日本の食飼料供給システム全体及び畜産業セクターにおけるNUEの長期変遷の実態と主な変動要因を明らかにする。

成果の内容・特徴

  • 過去40年間(1975~2015)、育種や給餌法の改良により畜産業のNUEは上昇したが(15.1 %→17.4 %)(図1下)、日本の食飼料供給システムのNUEは低下しており(42.8 %→36.2 %)(図1上)、その主な原因は、①畜産業以外(主に食品加工業)のNUEが低下したこと(77.3 %→69.4 %)(図1下)と、②供給純食料Nに占める畜産物Nの割合が増大したこと(19.6 %→30.7 %)(図1上)、すなわち、消費者による畜産物の需要が増大したこと、にある。
  • 物流データに基づき算定した家畜飼養期間中の排出Nの値は、固定したN排泄量原単位を用いる経済協力開発機構(OECD)の統計データより低く、育種改良や給餌法改善を反映してN排泄量原単位が経年変化する日本国温室効果ガスインベントリ報告書(GIO, 2022)より高く推移している(図2)。本研究とGIO(2022)の差は、主に飼料ロス(死廃体等を含む)によるNロスである。飼料Nに対する飼料ロスN発生率は10 %前後であり、日本の食品ロスN発生率と同程度である。
  • 日本の畜産業における主な5畜種(採卵鶏、ブロイラー、豚、乳牛、肉牛)について、飼料Nを起点とする物流過程(生産~供給過程)のNフローを算定した結果(図3:2015年の例)によれば、どの畜種も、家畜飼養期間中に排出されるN(飼料ロス・糞尿・死廃体等に含まれるN)が最大のNロス経路であり、畜種ごとの全排出Nの65%(ブロイラー)~98 %(乳牛)を占める。
  • 可食副生物(屠畜体副産物のうち内臓等食べられる部分)に含まれるNのアップサイクル(純食料としてのリサイクル)は、畜肉の純食料Nの7 %(鶏肉)~14 %(豚肉)を占め(図3)、畜肉のNUE向上に効果的である。一方、食品ロス由来エコフィードNのダウンサイクル(家畜飼料としてのリサイクル)は、N量は可食副生物Nより大きいが、飼料Nに占める割合は0.3 %(牛)~7 %(豚)に過ぎず(図3)、NUE向上への効果はアップサイクルに比べて限定的である。
  • 過去40年間における畜種別NUEの変化を、異なる物流段階(図3の屠畜体、国内生産、粗食料、純食料)の生産物について算定した結果(図4)によれば、畜産業の長期的なNUE向上(図1下)には,主に,採卵鶏・ブロイラー・豚・乳牛の飼養期間中のNUE上昇(図4の屠畜体NUEの上昇)が寄与し、畜産業NUEの低下要因としては、特に鶏肉・豚肉の流通・加工過程における歩留まりの低下(図4Bと4C)と肉牛飼養期間中のNUE低下(図4E)が主体だったと言える。
  • 畜産業NUEの更なる向上には、自給飼料調整過程における腐敗やN揮散、家畜の飼料食べ残し等による飼料ロスNを削減すると共に、動物福祉をより重視した健康的な家畜飼養を行い、死廃体の発生や、疾病等が原因となる屠畜体の丸ごと廃棄・内臓等一部廃棄を削減する必要がある。

成果の活用面・留意点

  • 本研究で得られた知見は、より窒素負荷が少ない持続可能な食飼料供給システム及び畜産業を実現するための具体的な対策を立案する上で、活用できる。

具体的データ

図1 日本の食飼料供給システム及び畜産業セクターの窒素利用効率(NUE)の長期変遷,図2 日本国内の全ての家畜からの糞尿窒素(N)量の経年変化:本研究の結果と経済協力開発機構(OECD)の統計データ(OECD.stat)及び日本国温室効果ガスインベントリ報告書(GIO, 2022)との比較,図3 主な畜種別の窒素(N)フロー(2015年の例), 図4 主な畜種別の物流段階別の生産物の窒素利用効率(NUE)の長期変遷

その他

  • 予算区分 : 交付金、農林水産省(イノベーション創出強化研究推進事業)、厚生労働科学研究費
  • 研究期間 : 2016~2022年度
  • 研究担当者 : 平野七恵、江口定夫、織田健次郎、松本成夫(国際農研)
  • 発表論文等 : 平野ら(2023)土肥誌、94:11-26