農業LCAにおいて農薬が淡水生物に与える影響を評価するための生態毒性影響評価係数

要約

主要な水田農薬109成分を対象に、環境中(大気、淡水、土壌)への単位量排出により淡水生物が影響を受ける割合(PAF)の変化を定量化した生態毒性影響評価係数である。成分間の違いをより精緻に捉えるために、種の感受性分布曲線の傾きを考慮した非線形の算定方法を採用している。

  • キーワード : LCA、農薬、生態毒性、種の感受性分布曲線
  • 担当 : 農業環境研究部門・気候変動緩和策研究領域・緩和技術体系化グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

ライフサイクルアセスメント(LCA)における既存の生態毒性影響評価係数には、日本の水田農薬成分が殆ど含まれていない。また、影響評価係数の計算方法は、HC50(半数の淡水生物種が影響を受ける際の農薬濃度)のみを考慮する線形の方法である。一方、成分間の違いをより精緻に捉えるため、複数の変数を考慮した非線形の方法も開発されているが、これら変数に関するデータ整備が遅れていることから、これまでの影響評価係数の算定に採用されてこなかった。
そこで、本研究では農研機構が整備してきた非線形の算定方法で必要な種の感受性分布曲線(SSD曲線)データを基に、日本水田農薬109成分を対象とした生態毒性影響評価係数を算定する。線形の方法で算定される場合と比較して、非線形方法の有効性を明らかにする。

成果の内容・特徴

  • 生態毒性影響評価係数は、農薬成分の環境中(大気、淡水、土壌)への単位量排出によって、淡水生物種が影響を受ける割合(PAF)の変化量と定義され、水田で使用される農薬109成分(除草剤49成分、殺虫剤42成分、殺菌剤18成分)を対象に算出されている。本成果では、成分間の違いをより精緻に捉えるために、SSD曲線の傾きを考慮した非線形の算定方法を採用している(図1)。
  • SSD曲線の傾きを考慮しない線形の影響係数(EF: Effect Factor)では、非線形のEFに比べて、SSD曲線の傾きが急な成分ほど過大評価され、逆に傾きが穏やかな成分ほど過小評価される(図2)。例えば、シメトリン(除草剤)は、HC50は比較的小さいものの、SSDの傾きが急であり、かつ、環境中の予測濃度が一般的に小さいため、生態毒性影響が大きくないはずだが、HC50のみを考慮する線形の評価方法では、その影響係数が約100倍過大評価される。
  • 慣行と農薬成分数を低減した栽培(成分減)の双方が実施されている8圃場(長野県6圃場、新潟県1圃場、福島県1圃場)の農薬散布量データに、算定された線形と非線形の生態毒性影響評価係数を適用して生態毒性影響を推計し比較した(図3)。慣行から成分減への転換に伴う生態毒性影響の変化について、非線形の影響評価係数に比べて線形係数を用いた場合は、生態毒性影響が極端に低下(圃場1、6)、あるいは極端に増加(圃場2)したことが見られる。これは、過大あるいは過小評価されている線形の影響評価係数が圃場レベルの評価結果にも影響したことが示唆される。よって、非線形の影響評価係数ではより適切な圃場レベルの評価結果が得られると判断できる。

成果の活用面・留意点

  • 水田農薬を対象に生態毒性影響評価係数を算定しており、畑で散布される農薬成分を対象とした係数算定は今後の課題である。
  • 圃場レベルの評価結果の解釈には、以下に留意する必要がある。①単年度(2004年あるいは2005年)の農薬散布量データに基づく評価結果である。②慣行と成分減がペアとなる農薬散布量を収集しているため、環境意識が相対的に高い農家であることが考えられ、慣行でも投入成分数が低い圃場が一部みられる。

具体的データ

図1 生態毒性影響評価係数の定義と計算方法,図2 線形方法と非線形方法で算定される影響係数(EF)の比較,図3 圃場レベルの生態毒性影響評価結果

その他

  • 予算区分 : 交付金、文部科学省(科研費)
  • 研究期間 : 2021~2023年度
  • 研究担当者 : 湯龍龍、林清忠、永井孝志、稲生圭哉
  • 発表論文等 : Tang L.et al. (2023) Sci. Total Environ.
    doi.org/10.1016/j.scitotenv.2023.163636