要約
植物の成長に不可欠である葉の光合成の速度を、葉に非接触で測定が可能な項目と光合成生化学モデルを用いて推定する手法である。モデルパラメータの同定に、従来の同化箱を用いたガス交換測定を必要としないので、より簡便かつ高速に光合成速度が推定できる。
- キーワード : CO2同化、気孔コンダクタンス、葉面境界層コンダクタンス、リモートセンシング
- 担当 : 農業環境研究部門・気候変動適応策研究領域・気象・作物モデルグループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
光合成は、植物の成長を支配する最も重要な生理生態反応である。光合成速度は、一般的に、葉を同化箱で覆い、その中のCO2とH2Oの濃度変化を測定することで評価される(以下、同化箱法)。同化箱法は、光合成測定の世界基準であるが、葉を挟み密閉するため、完全な自然条件下での測定は不可能である。そこで近年、葉に非接触で測定が可能な手法と光合成の生化学プロセスに基づいたFarquharらの数理モデルを組み合わせて、光合成速度を推定する手法が考案されつつある。しかしながら、モデルパラメータや変数(光合成能力や気孔コンダクタンス)の同定のために、同化箱法を用いた測定が未だ必要であり、完全非接触での推定には至っていない。そこで本研究では、非接触測定が可能な項目(クロロフィル蛍光、分光反射率、葉温、各種微気象の計測)と光合成生化学モデルを用いて、非接触で葉の光合成速度が推定可能な手法を開発し、その精度および利用可能性を検証する。
成果の内容・特徴
- 本手法では光合成速度に強く影響する電子伝達速度を、葉のクロロフィル蛍光、分光反射率、光強度の測定から推定する。同じく光合成速度に強く影響する気孔コンダクタンスを、葉温と各種微気象の計測および葉の熱収支解析によって推定する。これらによって、光合成生化学モデルにおけるモデルパラメータや変数の同定を簡略化でき、同化箱によるガス交換測定なしで,葉の光合成速度の非接触推定が可能となる(図1)。また、本手法に必要な要素は、近接またはリモートセンシングよって取得が可能である。
- 様々な生育ステージのコムギとダイズの葉において本手法の精度を検証したところ、本手法による推定値と同化箱法による実測値との二乗平均平方根誤差(RMSE)が2.6~4.2μmol m-2s-1となり(図2)、葉の光合成速度を精度良く推定可能である。
- 本手法は、葉の熱収支の物理プロセスに基づいて気孔コンダクタンスを直接推定しているため、気孔の生理プロセスをモデル化することなく、光合成速度を推定できる。そのため、気孔が閉鎖するような様々なストレス条件下でも、複雑なモデルを構築することなく光合成速度が推定できる可能性がある。
- 本手法は、数秒から数十秒で光合成速度を推定可能であり、非常に高速である。
成果の活用面・留意点
- 本手法は、農業分野では、育種・栽培のための高速フェノタイピングや光合成のデータを同化した生育予測の高度化などに利用可能である。また、生態系や生物多様性の研究や炭素循環の研究といった農業分野以外の研究においても利用可能性がある。
- 本手法は、上記の計測技術が全て利用可能な際にのみ実施可能であり、従来の光合成生化学モデルや同化箱法によるガス交換測定に取って代わるものではない。状況や目的に応じてこれらの手法を使い分けることが重要である。
- 本手法は、C3植物全般に適用可能であるが、電子伝達速度を推定するためのモデルパラメータの設定によっては誤差が大きくなることがある。また、葉近傍の気流動態を表す葉面境界層コンダクタンスの値が大きく外れると熱収支解析がうまくいかず、光合成速度の推定誤差が著しく大きくなるので注意が必要である。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 交付金、文部科学省(科研費)、その他外部資金(高知県ネクスト次世代型施設園芸農業推進事業費補助金:IoP研究開発事業)
- 研究期間 : 2022~2023年度
- 研究担当者 : 木村建介、熊谷悦史、伏見栄利奈、丸山篤志
- 発表論文等 : Kimura K. et al. (2024) Plant Cell Environ. 47:992-1002