熱収支理論に基づく作物群落の結露量と濡れ時間の推定手法

要約

熱収支の理論に基づき、作物群落における結露量と濡れ時間(降雨の影響は除く)を、時別の気象データを用いて推定するための簡易な手法である。作物の病害予測の高度化などを通して、各種農作物の安定生産と高品質化への貢献が期待される。

  • キーワード : 群落熱収支、結露、濡れ時間、病害予測、作物生産管理
  • 担当 : 農業環境研究部門・気候変動適応策研究領域
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

温暖化による気候変動が、農作物の病害発生の動態に影響をおよぼす可能性が指摘されている。作物病害を引き起こす糸状菌やバクテリアは、結露や降雨等による濡れが原因で植物体に感染しやすくなる。例えばイネの最重要病害である「いもち病」の場合、気温15~25°Cで夜間に葉の濡れが10時間以上継続すると、いもち病菌が葉に侵入することが知られていて、将来の気候変化によって、感染に好適な時期や地域が変化する可能性がある。一方、乾燥地では、作物が夜間の葉面への結露を重要な水資源として積極的に利用していることも、近年の研究から明らかになってきた。
本研究では、熱収支の理論に基づき、作物群落における結露量と濡れ時間を、気象データを用いて推定するための簡易な手法を開発する。

成果の内容・特徴

  • 植物群落の熱収支(1層熱収支モデル)を解くことで、気象データを入力値として、群落の結露速度を求めることができる(図1)。
  • 群落の結露速度は気象条件(気温T、相対湿度rh、有効放射量Rd-σ*T4)と交換速度kL(群落と大気との間の熱交換の効率を表すパラメータ)に大きく依存し、一定の気象条件の下では特定のkLで結露速度が最大となる(図2)。kLは群落形態(葉のサイズや群落密度)と風速の関数で表され、風速と共に増加する。
  • 与えられた気象条件(TrhRd-σ*T4)における結露速度の最大値をポテンシャル結露速度wp、気象条件と交換速度kLの両者が与えられた時の結露速度を基準結露速度w0とそれぞれ定義する。群落の結露量は、刻々と時間変化する気象条件に対する結露速度の計算値(w0またはwp)を時間積分することによって求めることができる。
  • 1層熱収支モデルによる水稲群落の結露量(日最大値)と濡れ時間の推定値(基準結露速度w0に基づく)は、より詳細な群落微気候モデルによる計算結果とほぼ一致する(図3)。ここでの比較に使用した群落微気候モデルは、植物群落の微気候に関わる物理・生理プロセスを包括的に取り扱う詳細な数理モデルであり、水田群落の結露量の変化を高精度で再現することができる(図4)。

成果の活用面・留意点

  • 本手法を用いて結露量と濡れ時間を推定するためには、1時間以内の時間解像度を持つ高精度な気象データ(気温、相対湿度、下向き長波放射量、風速)が必要となる。
  • 本手法によって推定される濡れ時間には、降雨による濡れの影響は含まれていない。
  • 本手法は全ての作物を対象として、病害予測や栽培管理に利用可能である。現時点では水稲を対象として実測データとの検証を実施しているが、他の作物に適用する場合は、実測データによる検証を実施するのが望ましい。

具体的データ

図1 植物群落の熱収支(1層熱収支モデル)。,図2 凝結速度の気象条件(相対湿度rh、有効放射量Rd-σ*T4)と交換速度kLに対する依存性(1層熱収支モデルにより計算)。,図3 1層熱収支モデルによる水稲群落の結露量と濡れ時間の推定値(基準結露速度w0に基づく)と、群落微気候モデルによる計算結果との比較。,図4 (上)群落微気候モデルによる水稲群落の結露量の計算値と計測データとの比較。(中・下)1層熱収支モデルによる結露量の計算値((中)基準結露速度w0と、(下)ポテンシャル結露速度wpに基づく)。

その他

  • 予算区分 : 交付金、環境省(環境研究総合推進費)、文部科学省(科研費)、その他(北海道大学低温科学研究所・共同研究プログラム)
  • 研究期間 : 2015~2023年度
  • 研究担当者 : 桑形恒男、丸山篤志、近藤純正(東北大)、渡辺力(北海道大・低温研)
  • 発表論文等 :
    • Maruyama A. et al. (2023) J. Agric. Meteorol. 79:28-37
    • Kuwagata T. et al. (2024) Agric. For. Meteorol. 354,109911