穂温推定モデルを通じて推定されたイネ穂温の地理的・季節的な傾向

要約

穂温推定モデルを用いてイネ穂温を推定すると、日本では穂温が気温よりも高い傾向にある。穂温を気温から乖離させる気象要因と、その地理的・季節的な特徴を特定する。また不稔につながる高温の発生頻度が1990年以降各地で増大していることも分かる。

  • キーワード : 気候変動、穂温推定モデル、機械学習、イネ、高温不稔
  • 担当 : 農業環境研究部門・気候変動適応策研究領域・作物影響評価・適応グループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

地球温暖化に伴い、イネの収量や品質が高温障害によって低下することへの懸念が広がっている。特に開花期の高温によって引き起こされるイネの不稔は、気候変動下におけるコメ生産量の主な低下要因とされている。不稔につながる高温ストレスを表す指標に気温があるが、気象条件によってイネの穂温は気温から最大9°Cほど乖離することも知られている。従って、開花期の高温ストレスを正確に評価するためには、穂温と気温の差(穂気温差、穂温-気温)を考慮した評価が欠かせない。
穂温推定モデルを用いることで、一般的な気象条件からイネ穂温を算出できることは既に示されている。本成果は穂温推定モデルを用いて過去45年分の穂温を算出し、機械学習や統計手法による解析を通じて、イネが開花期に受ける高温ストレスの地理的・季節的特徴を紹介するものである。

成果の内容・特徴

  • 本成果では、アメダス観測値を空間的に内挿することで全国の気象条件を網羅的に解析している。また時間的にも内挿することで、開花時間の気象条件を正確に考慮している。開花時期・開花時間の気温とイネ穂温を比較すると、日本のほとんどの地域で穂温が気温を上回っており(図1)、穂気温差の場所によるばらつきは大きい(-0.5~3.0°C)。これにより、気温だけを用いた高温ストレスの評価には限界があり、穂温を用いた評価が不可欠であることが分かる。
  • 穂温が閾値である33°Cを上回るとイネの不稔率が増大を始めることは既に知られている。本成果では、開花時期・開花時間の穂温が閾値を上回る頻度を算出し、過去の高温ストレスの発生状況を評価している。不稔率の増大に繋がるような高温ストレスの発生は、1990年以前はほとんど見られない一方、それ以降は北海道を除く地域で上昇傾向にある(図2)。
  • 穂気温差はどのような気象条件の下で変化するのかを機械学習を用いて可視化すると、日最高気温が低く、相対湿度が高く、日射量が多く、風速が弱い場合に穂気温差が増大することが分かる(図3)。これらは過去に実験等で得られていた結果に一致する。本成果が過去の研究例と異なる点は、全国の様々な気象条件を踏まえ、複数の気象要因の影響を包括的に評価することができた点にある。
  • 本成果では穂気温差の季節的な変化にも注目して解析を行っている。特に穂温の高い地域(図4左)に注目すると、地域によって異なる季節変化のパターンが現れる(図4右)。これにより、開花期の高温ストレス低減のためには地域の気象特性に応じた栽培戦略を立てる必要があることが分かる。例えば、R4やR5のような地域は穂気温差の季節変動が激しく、開花期を遅い時期にずらすことで効果的に高温ストレスを低減できると期待される。一方、R1、R2、R3といった地域では穂気温差の季節変動が小さく、R4やR5のような地域と比べると開花期の調節による恩恵は受けにくい。

成果の活用面・留意点

  • 本成果は、穂気温差が地理的・季節的にどのように異なるか、詳細な傾向を示すものである。これにより、それぞれの地域において開花期の高温ストレスをより正確に把握することが可能となる。生産者や地域行政は、自身の関わる地域で穂気温差がどのように分布するかを考慮しながら、開花期の高温ストレスを低減する栽培管理上の工夫を取ることができる。
  • 本成果は、不稔の増大につながる高温状態が各地で発生し始めていることを表している。イネ育種では、品質における高温耐性(高温登熟性)を付与した品種は既に作出されている一方で、高温による不稔を抑制するための育種はまだ活発に行われていない。本成果が高温状態の発生について情報を提供することで、イネ育種において不稔の対策がどの程度必要となるかを考慮できるようになる。
  • 本研究の留意点として、穂温のモデル計算にはコシヒカリの群落に対応するパラメータを用いており、異なる品種では違った高温ストレスの傾向を示す可能性があることが挙げられる。

具体的データ

その他

  • 予算区分 : 交付金、文部科学省(未来社会創造事業)
  • 研究期間 : 2022~2024年度
  • 研究担当者 : 戸田悠介、石郷岡康史、吉本真由美、西森基貴、滝本貴弘、桑形恒男、長谷川利拡、David Makowski (INRAE)
  • 発表論文等 : Toda Y. et al. (2024) J. Agric. Meteorol. 80:79-89