要約
コメのヒ素濃度は、酸素が少ない細胞で活性化する嫌気性代謝のうちアルコール発酵の働きを弱めると低下し、乳酸発酵の働きを弱めると上昇する。この仕組みは、土壌酸素の少ない水田環境において、ヒ素の吸収・蓄積が低下するイネの開発に役立つ。
- キーワード : イネ、ヒ素、アルコール発酵、乳酸発酵、嫌気性代謝
- 担当 : 農業環境研究部門・化学物質リスク研究領域・無機化学物質グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
ヒ素は土壌に広く存在する有害元素で、酸素の少ない水田では植物に吸収されやすい形態をとる。コメへのヒ素蓄積を減らすため、ヒ素を吸収・蓄積しにくいイネや、吸収されにくくする栽培管理技術が求められている。農研機構が以前発見し、2021年の研究成果情報で報告した低ヒ素変異体las3は、イネの嫌気性代謝に関わるアルコール脱水素酵素の1つ(ADH2)の機能が失われることにより、コメ中ヒ素濃度が30%低減する。本研究では嫌気性代謝に関わる3種類の酵素の機能欠損変異体を作出し、嫌気性代謝のどの反応がヒ素の吸収・蓄積にどのような影響を与えるのかを明らかにする。
成果の内容・特徴
- イネには嫌気性代謝を担う酵素として、乳酸発酵を担う乳酸脱水素酵素(LDH)が2つ、アルコール発酵を担うピルビン酸脱炭酸酵素(PDC)が5つ、アルコール脱水素酵素(ADH)が3つ存在する(図1)。各種酵素の働きをしっかりと抑制するため、LDHの2重変異体、PDCの5重変異体、ADHの3重変異体をゲノム編集技術による複数遺伝子同時改変で作出する。作出したゲノム編集イネを閉鎖系温室内で栽培し、玄米や茎葉、根のヒ素やケイ酸濃度の結果を示している。
- PDCの5重変異体は玄米ヒ素濃度が野生株より約3割低く、その効果はADHの3重変異体と同程度になる(図2)。一方、LDHの2重変異体では玄米ヒ素濃度が野生株よりも高くなる(図2)。この結果は、コメのヒ素濃度はアルコール発酵の働きが弱まると低下し、乳酸発酵の働きが弱まると上昇することを示唆する。
- PDCとADHの変異体では、特に出穂期における土壌から根へのヒ素吸収が抑制され、根のヒ素濃度が野生株より低くなる(図3)。
- PDCとADHの変異体では、ヒ素の主要な通り道であるケイ酸輸送体の機能が抑制されていると考えられ、ヒ素と共にケイ酸の蓄積量が低下する(図4)。一方、LDHの変異体ではヒ素とケイ酸の蓄積量が増加する傾向がみられる(図4)。これらの変異体ではイネの生育に有益なケイ酸よりヒ素の吸収抑制効果のほうが高いため、ケイ酸の確保とヒ素吸収の抑制を両立できる(図4)。
成果の活用面・留意点
- アルコール発酵の抑制でヒ素吸収が低下する仕組みは、ヒ素低吸収形質を付与する育種素材の開発に役立つ。一方、コメの収量や品質等農業形質に対する影響は今後調査が必要である。
- 本研究のゲノム編集イネは嫌気性代謝とヒ素吸収・蓄積の関係解明のために作出したものであり、イネそのものの実用化は推進しない。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 交付金、文部科学省(科研費)
- 研究期間 : 2022~2025年度
- 研究担当者 : 石川覚、林晋平、谷川八大、倉俣正人、安部匡
- 発表論文等 : Hayashi S. et al. (2026) J. Exp. Bot. 77:368-378