要約
豚舎内に分布するエアロゾルには、豚や人に対して病原性を持つブドウ球菌属細菌が含まれる。豚舎での抗菌剤の使用量の多さは、複数の抗菌剤に対する当該細菌の耐性と相関する。家畜衛生及び公衆衛生上の薬剤耐性菌による被害低減のため、当該薬剤含む抗菌剤の慎重使用が推奨される。
- キーワード : 薬剤耐性、抗菌剤使用量、ブドウ球菌属細菌、エアロゾル、豚舎
- 担当 : 動物衛生研究部門・人獣共通感染症研究領域・腸管病原菌グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
畜産農場において、畜舎内での薬剤耐性菌のまん延は家畜衛生上のみならず畜舎での作業従事者に対する労働衛生上のリスクとなることから、ワンヘルスアプローチにより解決すべき課題である。しかし、薬剤耐性菌の出現ならびにそのまん延防止対策を策定する上で、畜舎における薬剤耐性菌の出現状況と抗菌剤使用状況とを定量的に評価する知見は少ない。
本研究では日本国内で豚の繁殖から肥育までを行う一貫経営の養豚場10戸において、繁殖母豚群と肥育豚群それぞれの豚舎からエアロゾルを捕集して菌分離を試み、分離される細菌属の構成を明らかにする。また、分離される主要細菌属の抗菌剤に対する薬剤耐性状況と抗菌剤の使用量を調査し、抗菌剤の系統別の使用量とそれぞれの抗菌剤に対する耐性保有率との関連性を調べる。
成果の内容・特徴
- 繁殖母豚群および肥育豚群の豚舎内のエアロゾル試料から好気培養下で分離される菌株の属レベルでの構成は、Staphylococcus(ブドウ球菌属。以下、ブ菌属)が最優占であり(図1)、この傾向はいずれの農場ならびに豚群でも変わらない。
- 抗菌剤の使用量は農場ごとに異なるが、調査した13系統の抗菌剤群のうち、10系統(テトラサイクリン系、アンフェニコール系、ペニシリン系、セフェム系、サルファ剤、ピリミジン系、リンコマイシン系、アミノグリコシド系、キノロン系、マクロライド系)については、繁殖母豚群よりも肥育豚群での使用量が有意に多い。
- 肥育豚群において、ペニシリン系抗菌剤の合計使用量の多さは、その一つであるオキサシリンに対するブ菌属の耐性保有率の高さと、またテトラサイクリン系抗菌剤の合計使用量の多さは、その一つであるテトラサイクリンに対する耐性保有率の高さとそれぞれと有意な相関を示す。一方、複数系統の抗菌剤のそれぞれの使用量の多さと耐性保有率の高さの有意な相関を示す抗菌剤も認められる。すなわち、マクロライド系、アンフェニコール系およびリンコマイシン系抗菌剤のそれぞれの使用量の多さは、マクロライド系抗菌剤の一つであるエリスロマイシンに対する耐性保有率の高さと、アンフェニコール系およびテトラサイクリン系のそれぞれの使用量の多さとアンフェニコール系抗菌剤の一つであるクロラムフェニコールに対する耐性保有率の高さの相関である(以上、表1)。なお、繁殖母豚群ではこのような群レベルでの系統別抗菌剤使用量と耐性保有状況の明瞭な相関は認められない。
成果の活用面・留意点
- 分離されるブ菌属には、しばしば豚や人の臨床材料からの分離が報告されている菌種が含まれる。したがって、抗菌剤の使用量が多い農場においては、豚のみならず豚舎内作業従事者においても薬剤耐性菌を含むブ菌属への曝露リスクが高いことが示唆される。
- 一部の抗菌剤で認められる使用量と耐性保有率の正の相関から、抗菌剤の慎重使用の徹底が必要であることが示される。また、今回認められるようなブ菌属のエリスロマイシンやクロラムフェニコールに対する耐性は、複数系統の抗菌剤の使用による影響、すなわち共耐性が示唆される。したがって、畜産農家において薬剤耐性菌対策を講じる上で、使用される抗菌剤については総合的に把握することが重要になる。
- エアロゾル中細菌の薬剤耐性の獲得には、抗菌剤使用の影響以外にも個体の移動や豚舎の設置されている環境など、その他の要因の影響も受けていることに留意する必要がある。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 農林水産省(包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業:環境への抗菌剤・薬剤耐性菌の拡散量低減を目指したワンヘルス推進プロジェクト、戦略的プロジェクト研究推進事業:動物用抗菌剤の使用によるリスクを低減するための研究)
- 研究期間 : 2017~2023年度
- 研究担当者 : 小林創太、玉村雪乃、山根逸郎、楠本正博、勝田賢
- 発表論文等 : Kobayashi S. et al. (2023) Front. Vet. Sci. 10:1127819.doi:10.3389/fvets.2023.1127819.