要約
乳用種繁殖雌牛と肉用種繁殖雌牛について、当該牛の生産地と出発時の所在地、月齢、暦月から、当該牛の翌月の所在地域を予測する移動確率分布を作成し、公開する。この移動確率分布により、国内の飼養牛の移動の特徴を反映したシミュレーションの実施が可能となる。
- キーワード : 牛、農場間移動、地域間移動、移動確率分布、シミュレーション
- 担当 : 動物衛生研究部門・越境性家畜感染症研究領域・疫学・昆虫媒介感染症グループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
家畜の移動は感染症の主要な拡大要因の一つであることから、疾病発生時には家畜の移動の制限や移動した個体の追跡・検査といった防疫措置が実施される。こうした対策の有効性を検討するためには、想定される様々な条件で感染拡大状況を比較できるコンピューターシミュレーションが有用である。シミュレーションで動物の移動を考慮する際には、数値計算を効率化するため、可能な限り動物の移動を一般化し、与えられた条件に基づいて移動先の予測確率が得られる移動確率分布を使用することが適切である。そこで本研究では、牛の移動を考慮した疾病拡大シミュレーションを可能とするため、乳用種繁殖雌牛と肉用種繁殖雌牛それぞれについて、移動する個体の条件に応じて移動先を地域レベルで予測する移動確率分布を作成し、公開する。
成果の内容・特徴
- 家畜改良センターから入手した6年分の移動情報から、個体ごとに各月の1日時点の所在地域(北海道、東北、関東、中部、近畿、中国・四国、九州・沖縄のいずれか)を判定する。各月の1日にその牛が飼養されていた地域(出発地域)と翌月の1日にその牛が飼養されていた地域(到着地域)の組み合わせを条件として、それぞれ1か月ごとの移動回数行列を作成する。移動する個体の「移動時の月齢」、「移動時の暦月」及び「出生地域」の全ての組み合わせごとに移動回数行列を作成し、出発地域ごとにその移動回数の合計で除することで、出発する地域に対応した移動先の地域の予測確率を計算する。
- 1.を乳用種繁殖雌牛と肉用種繁殖雌牛それぞれについて行うことで、「移動時の月齢」、「移動時の暦月」及び「出生地域」の情報に基づき、出発地域ごとに翌月の所在地域を予測する移動確率分布を得る(図1)。得られた移動確率分布の詳細を海外学術誌に掲載するとともに、当該データをインターネット上に公開する。
- 本研究は、牛の個体識別情報を活用して国内の牛の移動確率を推定した国内初の研究である。
成果の活用面・留意点
- 本研究で作成した移動確率分布を用いることで牛の移動を考慮した感染症シミュレーションが可能となるため、例えば、個体の地域間移動に伴って生じる感染拡大の予測やそれに基づく地域毎の発生確率・流行リスクの推計、比較などが可能となり、統計学的な根拠に基づく防疫措置の検討に活用できる。
- 作成した移動確率分布を論文として公開するとともに、インターネット上の公開データベース(Mendeley Data; https://data.mendeley.com/datasets/yxg3pv6k9t/1)に掲載することにより、誰でも二次的な利用が可能となる。
- 移動確率分布の作成には、家畜改良センターより入手したデータから出生地域を特定することができた2005年4月1日以降に生まれた牛の、2012年4月1日から2018年3月31日までの間の移動履歴を使用している。2005年4月1日生まれの牛の2018年3月31日時点における月齢が155か月齢となるため、移動確率分布は最大で155か月齢まで作成している。
- 移動確率分布の作成に用いた移動履歴において、観測されなかった「出発地域」、「移動時の月齢」、「移動時の暦月」、「出生地域」の組み合わせについては、移動が起こらなかったと仮定している。
- 平時の牛の移動を一般化することを目的としたため、口蹄疫の流行(2010年)や東日本大震災(2011年)といった牛の移動に大きな影響を与えることが想定される出来事が起こらなかった期間の移動情報から移動確率分布を作成している。
- 本データは、2012年4月1日から2018年3月31日までの牛の移動状況を反映しており、適当な期間の後に更新する必要がある。また、感染症の流行や大規模な自然災害、経済情勢の急激な悪化等、牛の移動に大きな影響を与えることが想定される出来事が起きた場合には、本移動確率分布を用いた予測の精度が低下する可能性がある。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 農林水産省(包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業:新たな感染症の出現に対してレジリエントな畜産業を実現するための家畜感染症対策技術の開発)
- 研究期間 : 2021~2023年度
- 研究担当者 : 村藤義訓、早山陽子、近藤園子、澤井宏太郎、山口英美、山本健久
- 発表論文等 : Murato Y. et al. (2023) BMC Res. Notes. 16:153