pol遺伝子を標的とした牛伝染性リンパ腫ウイルスの伝播リスク分類基準

要約

牛伝染性リンパ腫ウイルス(BLV)のプロウイルス量測定キットの1つであるpol法について、既報を参考に伝播リスク分類基準を設定する。本基準によってpol法を用いたBLV感染牛のリスク評価が可能となり、農場におけるBLV対策に貢献する。

  • キーワード : 牛伝染性リンパ腫ウイルス、リアルタイムPCR法、プロウイルス量、伝播リスク分類基準、pol法
  • 担当 : 動物衛生研究部門 動物感染症研究領域 ウイルスグループ
  • 代表連絡先 :
  • 分類 : 研究成果情報

背景・ねらい

牛伝染性リンパ腫ウイルス(bovine leukemia virus: BLV)は、現在、日本国内に広く浸潤しているレトロウイルスで、ウシに感染すると一部に致死性のリンパ腫を引き起こすことから、農場における感染・伝播対策が重要な家畜病原体の1つである。BLVがウシのB細胞に感染すると、宿主ゲノム中にウイルスのゲノム配列が挿入され、この状態のウイルスのことを"プロウイルス"と呼ぶ。BLVは主に血液を介して伝播するため、感染牛の血中プロウイルス量の値は、その個体が周囲にウイルスを蔓延させるリスクを反映する。そのため、感染牛をプロウイルス量の多寡によって分類し、より伝播リスクの高い個体を集中的に対策するという「伝播リスク分類」の考え方が、農場でのBLV対策においてよく用いられる。
BLVのプロウイルス量は、定量的ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)であるリアルタイムPCR法を用いて測定されることが多い。現在、国内では標的遺伝子の異なる3種類の市販測定キット(それぞれtax法、LTR法、pol法とする)が使用可能である(表1)。このうち、tax法では伝播リスク分類の基準がいち早く提唱され、次いでその数値をLTR法に当てはめた基準も報告されている。一方で、2019年から販売開始された新しいキットであるpol法では、伝播リスク分類の基準が明確に設定されていない。そこで本研究では、pol法により測定したプロウイルス量について伝播リスク分類基準を設定する。

成果の内容・特徴

  • BLV感染牛106頭の血液から抽出したDNAを用いて、LTR法およびpol法でプロウイルス量を測定すると、両キットの測定値は強い正の相関を示す。単回帰分析によって求めた回帰直線式の傾きは0.659である(図1)。
  • 求めた回帰直線式をもとに、LTR法の伝播リスク分類基準をpol法に当てはめると、細胞100,000個あたり12,000コピー(※)以上が高リスク、3,000~12,000コピーが中リスク、600~3,000コピーが低リスク、600コピー未満が超低リスクとなる(表1)。
    (※)遺伝子を数える際に用いる単位のこと。通常、動物細胞1個あたり宿主遺伝子は2コピーずつ存在する。
  • BLV感染症の病態の一つであるリンパ球増多症は、ウシの血中リンパ球数の正常範囲を年齢別に定めた"ECの鍵"または"JBの鍵"という指標をもとに診断される。感染牛106頭のうち、リンパ球増多症を示した個体(ECの鍵またはJBの鍵「陽性」)は、その9割以上がLTR法またはpol法の伝播リスク分類基準で高リスクと判定される(図2)。

成果の活用面・留意点

  • 本研究で設定したpol法の基準は、BLVの伝播リスク分類において有用である。
  • リアルタイムPCR法によるプロウイルス量測定は、測定機器や核酸抽出材料の違いによっても測定値が変動することがあるため、各施設の検査条件を考慮して結果を解釈する必要がある。
  • BLVの伝播は確率的な影響を受けるものであり、伝播リスク分類の基準を超えた瞬間に急激に伝播リスクが上がるものではないことに留意すべきである。

具体的データ

表1 BLVプロウイルス量測定キットの特徴と伝播リスク分類基準,図1 LTR法-pol法間におけるBLVプロウイルス量の測定値の比較,図2 LTR法およびpol法を用いて測定したBLVプロウイルス量の分布と累積相対度数

その他

  • 予算区分 : 交付金、農林水産省 (包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業:牛伝染性リンパ腫の伝播リスクの高い牛を摘発するための多検体処理診断法の開発)
  • 研究期間 : 2021~2023年度
  • 研究担当者 : 西森朝美、松浦裕一、安藤清彦、小原潤子(道総研)
  • 発表論文等 : 西森ら(2024)日本獣医師会雑誌、77(2):e7-e13