要約
牛伝染性リンパ腫ウイルス(BLV)の感染からリンパ腫発症までの病態進行において、7種の宿主遺伝子が病態進行に伴った発現上昇を示す。本研究で得られた知見は、BLVの病態と宿主応答との関連性を解明するための手掛かりとして有用な情報となる。
- キーワード : 牛伝染性リンパ腫ウイルス、リンパ腫発症、トランスクリプトーム解析、RNA-seq
- 担当 : 動物衛生研究部門 動物感染症研究領域 ウイルスグループ
- 代表連絡先 :
- 分類 : 研究成果情報
背景・ねらい
牛伝染性リンパ腫(enzootic bovine leukosis: EBL)はウシの悪性B細胞性リンパ腫であり、レトロウイルスである牛伝染性リンパ腫ウイルス(bovine leukemia virus: BLV)の感染によって引き起こされる。BLVに感染すると多くのウシは無症状(AL)であるが、約30%が持続性リンパ球増多症(PL)を示し、さらに1~5%の感染牛のみがEBLを発症する(図1A)。これらの病態進行に伴って、感染牛の体内プロウイルス量が増加することが知られているが(図1B)、その際の宿主遺伝子の発現変動については不明な点も多い。
そこで本研究では、各病態のBLV感染牛から採材したリンパ節検体を用いてRNA-seqによるトランスクリプトーム解析を行い、AL、PL、EBLという病態進行における宿主応答の一端を明らかにする。
成果の内容・特徴
- BLVに感染していない健康牛2頭、BLV感染(非発症)牛2頭、EBL発症牛4頭のリンパ節または腫瘍部位の細胞からRNAを抽出し、RNA-seqを用いて発現変動遺伝子を網羅的に探索すると、BLV感染(非発症)牛に対しては1,356遺伝子、健康牛に対しては957遺伝子について、EBL発症牛での発現上昇が示唆される(図2上段)。
- EBL発症牛で発現上昇が示唆される宿主遺伝子から、遺伝子機能や疾病との関連性の情報をもとに39遺伝子を選別する。選抜遺伝子について、BLV感染(非発症)牛6検体、EBL発症牛10検体のRNAを用いてリアルタイムPCR法で再評価を行ったところ、そのうち12遺伝子がEBL発症牛で有意に発現上昇する(図2下段:緑および黄)
- ALまたはPLを示すBLV感染(非発症)牛48頭の血液において、2.に示す12遺伝子の発現量とBLVプロウイルス量を比較すると、7遺伝子が体内プロウイルス量と有意な正の相関を示す(図2下段:黄)。
- 3.に示す7遺伝子は、BLVの病態進行に伴って発現上昇する宿主遺伝子としては初めて報告される。
成果の活用面・留意点
- BLVの病態進行とEBL発症までの複雑な分子機構を解明するにあたって、「体内プロウイルス量の増加、ないし感染細胞の腫瘍化に際して発現が上昇する遺伝子の同定」という本研究の知見がその手掛かりとなると考えられる。
- 本研究で見出したBLV病態進行に伴って発現上昇する宿主遺伝子は、今後さらに詳細な解析を重ねることで、ウイルス伝播あるいは腫瘍発症のリスク評価に利用できる可能性がある。
具体的データ

その他
- 予算区分 : 交付金、農林水産省 (戦略的プロジェクト研究推進事業:抗菌剤に頼らない常在疾病防除技術の開発)
- 研究期間 : 2017~2022年度
- 研究担当者 : 西森朝美、安藤清彦、松浦裕一、畠間真一、小原潤子(道総研)
- 発表論文等 : Nishimori A. et al. (2023) Arch Virol. 168(3):98. doi:10.1007/s00705-023-05713-w